第164話 疲労と食の好み。

天野サヤカさんが計画した婚約旅行の二日目は内宮の正宮前で僕は愛を誓った。


昨夜と同じバイキングタイプの夕食を終えた僕へ、往復の周遊バスと参拝後の食べ歩きで疲労感に包まれる天野サヤカさんは、

「裕人君、足が痛い」

と僕へ訴える。


最初は緊張した混浴も何度目かで慣れてきて、部屋付きの半露天で手足を伸ばせる僕へ、

「裕人君の背中を流しましょう」


天野サヤカさんは疲れているから、今日は大丈夫」

「え~私は裕人君の前も洗いたいのに」

泡立てた石鹸を使い、天野サヤカさんの白くて細い指でゴシゴシされると気持ち好すぎて簡単に果ててしまう。


「それより足が痛いんでしょう、お風呂上りにマッサージしてあげるから」

「本当に?」

バスケ経験者の僕は練習や試合後の筋肉疲労に、セルフマッサージで痛みの緩和や疲労回復に慣れていた。


入浴後の天野サヤカさんを和室の布団へ俯きに寝かせて、小さな背中からくびれた腰、小さなヒップから続く細い腿と脹脛ふくらはぎ、アキレス腱と足裏の土踏まずまで加減しながら優しく揉み解した。


「あ~ん裕人君、そこそこ、凄く気持ち好いわぁ~、身体のツボを心得ているの?」

「うん、自分で押して気持ち好い部位ね、ここも好いでしょう」


天野サヤカさんの疲労した足の指を一本づつ伸ばす様に揉み、足裏の外側、僕がエンガワと呼ぶ側面も指圧した。


「エッチな意味じゃなくて、気持ちよくて本当に眠たくなっちゃう」

プロのマッサージでリラックスすると寝てしまい、終了時間で起こされ『もう終わりなの』のお客もアルアルらしい。


風呂上りのマッサージで寝落ちした天野サヤカさんのイチャラブから解放された僕もそのまま就寝できた。


その翌朝、充分な睡眠と軽い疲労感の天野サヤカさんは、

「裕人君、旅行も今日で最終日、最後の想い出作りに付き合ってよ」

詳細な説明の無いまま朝食会場へ向かい、今朝は醤油付けカツオの手こね寿司を主に頂いた。


「私、脂っぽい青魚と鉄臭い赤身のマグロやカツオは苦手」

僕の中では青魚の特に鯖が一番好きで、焼いても煮ても揚げても美味しくて、酢締めの押し寿司も大好きで、淡白な鯛や平目の白身魚は好まない。


「新鮮で美味しいよ」

「なんでも美味しく食べる裕人君の苦手な物は何?」

苦手や嫌いな食べ物を訊かれても直ぐには思い浮かばず、

「そうだな、未だ食べた事が無い世界三大珍味とか、他に未経験の食材を好きと言えないとか」


有名なフカヒレとか高級食材には縁のない庶民の僕へ、

「三大珍味のキャビアは塩っぱい魚卵、フォアグラは脂っぽい鳥レバー、トリフは香りが独特の臭いキノコ、どれも私は好きじゃない」

十五歳にして世界三大珍味を経験しているとは、さすが人気モデルのセレブと思うが、それを言葉にすると怒られると思い、僕は『そんな味なんだ』と相槌を打った。


今朝の天野サヤカさんも小食で、白磁の皿にカリカリに焼いたベーコンとフワフワのオムレツ、生野菜たっぷりサラダボウルをテーブルに置いた。


元々葉物野菜には栄養素が少なく、トマトのリコピンや人参にβカロテンが豊富でも食べすぎは健康被害が発表されているし、キュウリやレタスは殆どが水分で塩分を抑えるカリウムしかないと国営放送の健康番組で見た記憶が有る。


「好き嫌いが無いなんて悔しい、じゃあ、裕人君これを食べてみて」

天野サヤカさんは一口大にカットされた緑色の野菜を僕の皿に乗せて言う。


これは名前を間違えられ易いアレだよな・・・

アボガド、アボカドのどっちだったかな・・・

どんな味だったか、以前の記憶には無いのか・・・


天野サヤカさんに乗せられたアボカドを口に運び、その青臭さとネッチョリした食感に加えて素材の味が無い。

「そのままだと美味しくない」


「そうよ、女性は美容の為にアボカドへお醤油やマヨネーズを添えて食べるのよ」

もしも誰かに苦手な食材を訊かれたら僕は『アボカド』と答えよう。

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