第149話 受験日まで合宿します。

二月二十日、出願変更の最終日に青竹高校から白梅高校に変えた二日後の朝、迎えに行った天野サヤカさんから、

「今日から試験日の三月五日まで、私が受験対策を考えるから裕人君に拒否する権利は無いよ」


え、出願変更を応援してくれると言った天野サヤカさんは、若しかして僕がバスケの為に白梅高校に変えたのが気に入らないのか、身勝手と怒るよりも必ず合格を勝ち取る為に厳しい受験対策を強いる積りなのか?


いつもは天使みたいな天野サヤカさんの笑顔が今日は怖く見えるのは、僕の被害妄想なのか・・・

「はい、この予定表を見て憶えて」

天野さんが差し出すA4のプリントを受け取り、

「宜しくお願いします」

その内容を見た僕は、そうとしか言えなかった。


白いコピー用紙に天野サヤカさんの手書きで、

<二月二十三日の祝日から受験当日の三月五日まで天野家で受験合宿します。持ち物は着替えと下着、歯ブラシを含むトラベルセット、最低限の筆記用具と公立試験の受験票、制服とバッグ、それ以外は不可>

社会見学の案内プリントでも、もう少し詳しいが・・・


「どうして?」

「裕人君、白梅のボダーラインが420点を知っているでしょ、今年は志望者が多くて競争率が1,2倍、昨日のテレビニュースで報道されたでしょう?」


「そうだったの?」

「そうよ、競争率が1,2倍って12人が受験して2人が落ちるの確立、生徒6人の内一人が不合格に成る、その一人に裕人君が成るって考えたら怖いでしょう?」


確かにボーダーライン420点の白梅高校に模試の五科目合計400点の僕が受けるのは厳しそうだが、その為に私立の美加茂を滑り止めで受験した。


「そうだね」

「そうだねじゃないわよ裕人君、もしかして私立でも善いって気楽に考えてない?」


「美加茂高校でバスケも悪くないけど、出来れば白梅でバスケに打ち込みたい」

「だから私と一緒に公立試験に集中する合宿よ」


「ママのエミリさんに迷惑を掛けるのは・・・」

「正月は私が裕人君の家でお世話に成ったそのお礼代わりよ、裕人君のお母さんも了解してくれたし、私のママも楽しみに待っているから安心して」


既に母へ根回しは済んでいると、すこし強引な天野サヤカさんの提案から、最低限の着替えと持ち物を持参して僕は受験合宿に入った。



これまでの日々に、過去5年の入試問題を何度も復習してこれ以上やる事が無いと思う僕へ、

「はい裕人君、入試直前の予想問題集よ、これで更なる得点アップが期待できるわ」

高校受験に特化した地元の学習塾が県内模試を主催する新聞社と共同で作成した入試直前予想問題集は想定外の難問を含めて、相当の問題数が記載されていて消化するだけで数日を要した。


合宿の初日は夕食を済まして、いつもなら僕が就寝する24時まで問題集に集中出来なかった。

「裕人君、睡魔に負けそうならお風呂に入って眼を覚まして」

「うん、そうさせて貰う」

逆上せ易く長湯が苦手な僕は、手短に入浴を終えて天野サヤカさんが待つ勉強部屋に戻った。


「早いかったね、じゃあ勉強再開よ」

少しは眠気が覚めた僕は本当に出題されるか疑問の予想問題集に集中するが、普段の学習時間を越えた僕は限界に達して、


「ゴメン、もう無理、明日は学校でしょ寝かせて」

「裕人君、未だ0時30分よ、簡単に諦めないでよ」


偶然二人の会話を聞いていたママのエミリさんは、

「最初から無理しちゃ、ゴールまで裕人君のモチベーションが維持できないから、今日はここまでに」

娘のサヤカさんへ、と言うより僕を気遣い助けてくれた。

幼稚園の頃に憧れた初恋の人エミリさん、有難う・・・


「客間にダブルサイズの御布団を用意したから、裕人君はゆっくり休んでね」

エミリさんに進められて十畳の和室の中央に大きな布団、僕が中学入学した頃に身長が180cmを超えて、仰向けで眠ると普通サイズの布団から足が出る様に成り、熊が冬眠するみたいに身体を丸めて眠る習慣に成っていた。

今日は手足を伸ばして熟睡できそうと思う僕へ、


「裕人君、私これから入浴するけど、その御布団で一緒に寝ましょう」

え、天野さんが出てくるまで待てないし、ママのエミリさんが居る前で、何故それを言う・・・


「ダメよ、若い男女が同じ御布団で二人きりなんて」

ママのエミリさんは尤もに言うが、娘のサヤカさんは、

「大晦日から正月三日まで裕人君と添い寝したけど、ママが思うような事は何も無かったわよ」

ママの意見に抵抗するが、


「裕人君がどんなに紳士でも、サヤカが夜這いしないと言えないでしょ」

「約束した十八歳まで裕人君とエッチしないって誓ったの、もうお風呂に入る」


これは水掛け論なのか、答えが出ないまま天野さんは浴室へ向った。


「そうだ、善い事を思いついた、私も裕人君と一緒のお布団で休みます」

え・・・そんなの困るが、それよりも今の僕はとても眠い・・・


睡魔に負けてまぶたが落ちる、寝落ちする寸前の僕の耳に、

「何で裕人君の右側にママが居るの?、それなら私は裕人君の心臓に近い左側に寝るわ」

天野さんと僕、ママのエミリさんが川の字で布団に入った時には僕の意識は無かったが、右のエミリさんからクチナシの香りと左のサヤカさんさんから金木犀の香りが僕の鼻腔に伝わっていた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る