第148話 決意が揺らいだ。

改めて忘れないように公立高校受験の日程を記録する。


県立市立の県内公立高校へ出願は二月九日から十四日まで、出願変更は二月十六日から二十日までに、試験日は三月五日、合格発表は三月十四日。


それまでも中学では今までと同じ様に授業が有るが、音楽はクラシックレコードをBGMに自習、美術は好きな絵をデッサンしても提出しない、体育では見学する生徒が多く、英数国社理の受験五科目以外の担当教諭が生徒の健康に配慮している。

そして何度も繰り返す卒業証書授与式の練習リハーサルに飽きた生徒達は、当日の卒業式には感動の涙も流れないと思う。

県立青竹高校か私立美加茂高校のどちらを選ぶか、迷いながら公立高校試験の願書を提出した僕は、天野サヤかさんに後から『どこを受験するのか聞いてないわ』と言われない為に『県立青竹高校を受けます』と報告した。


「そうなの、今までに受けた県内模試の合格判定も大丈夫ね」

「うん、また何か有ったら天野サヤかさんへ報告するよ」

それで僕からの報告は終わるはずだったが、


「裕人君は私がどこの高校を受けるか興味ないの?」

え・・・突然の質問に言葉を失った僕は、天野サヤかさんがどこを受験するのか、今まで想像もしなかった。

今更ながら彼女のモデル経歴と性格を考慮すれば、学業の為にモデル活動を休止していたが、仕事を再開するなら単身赴任の父が住む東京へ移る可能姓も有るだろう、芸能活動より将来の大学受験を考えれば国立難関大学に進める地元の黒松高校に天野サヤかさんの学力なら余裕で合格できるだろう・・・


「ちょっと裕人君、私の話を聞いているの?」

「あぁそうだね、天野サヤかさんならどこの高校でも合格確実で不安や心配は無いよね」


「そうじゃなくて、私も将来を考えて進学先の高校を選んだのよ」

将来って、やっぱりCMモデルなのか、そうか東京なら芸能活動を認めている高校も有るらしいから僕達は中学卒業で別々の進路を進む事に成る、少し寂しいが天野サヤかさんから解放される気持ちが無いとは嘘に成る。


「裕人君、私と話しているのに、また他事ほかごと?」

「違う、違うよ、僕に天野サヤかさん志望校を教えて」


「最初から素直に訊けば好いのに、もう教えない、決まったら裕人君に報告するわ」

言う積りがないなら最初から『教えない』と言えば良いのに、乙女心は難し過ぎる。


二月十四日までの公立高校の出願期限で、県立青竹高校の定員割れを見て不安が無くなった。


二月十九日、明日までが出願変更可能の前日、午後三時過ぎた頃の受験勉強疲れのおやつ休憩で年末に録画していた高校バスケ全国大会、通称ウインターカップの男子決勝を再生視聴を始めた。


全国高校野球甲子園大会は初戦から全国放送されるが、高校バスケの全国大会では男女ともに決勝のみが某民放の地上波で放送される、それでもスポンサーのお陰だと思う。


高校バスケ、ウインターカップは前年の王者、東京代表の私立帝王高校対福岡代表の博多中洲高校と決勝戦。


この試合結果は知っているが全国レベルの高校生選手に注目したい。


試合開始から両校白熱した得点の応酬に息を飲む、第1Qは互角の同点で第2Qへ試合は進む、小さなミスで得点が伸びない東京帝王高校の、きっと顧問の教師だと思うヘッドコーチがベンチ入りの二年生と一年生をメンバーチェンジして、一旦は二十点まで開いたを点差を追い上げてきた。

ハーフタイムを挟んだ第3Qで帝王高校は十二点のビハインド、最終4Q残り十秒で逆転の3Pシュートを帝王高校のキャプテンが決めた。


王者帝王高校に逆転を許した博多中洲高校の追撃も成らず、試合終了のホイッスルが東京体育館に響く。


優勝の喜びを爆発させる帝王高校バスケ部のベンチメンバーと、同じユニフォームを着る客席スタンドのバスケ部員達をテレビカメラが撮す。


スポーツ・アナウンサーから勝利インタビューを求められた帝王高校ヘッドコーチは、

「この優勝は出場選手だけなく、ベンチ入り出来なかった部員の応援、ご家族のサポートならびに学校関係者の協力が有ってのお陰です、主催協賛して頂いた各企業の皆様、テレビの前で応援してくださった皆様にも、ここでお礼を申し上げます」


自分の手柄を誇る事も無く、生徒達を誉め関係者に感謝を伝える大人の姿勢に、未だ子供の僕も感動した。


「よく言うね、あの野村が」

午後五時近くに閉店した槇原ベーカリーから父が戻って来ていた。

「え、優勝した帝王高校の野村コーチ?」


「裕人、野村は青竹高校バスケ部のOBだ」

優勝監督を呼び捨てにする父に僕から、

「父さんの後輩?」


「全国大会に出場した同期だよ」

あ、そうだ、帝王高校の野村先生が青竹のOBで、何かの事情で来年度から地元に帰ってくると、全国大会で準優勝した神山中学のキャプテン石川拓実から教えられて、野村先生が赴任予定の白梅高校に誘われた僕は与太話と受け取ったが、


「父さん、野村先生が帝王高校を辞めるって噂だけど」

「それを裕人は誰に訊いた、実は野村のお父さんが大病で入院して、介護するお母さんを手伝う為に家族で戻ってくるが、青竹の安田先生が定年まで他の高校でバスケ指導するかは未定らしい」


愛知名邦高校で選抜試験の後『俺の父は教育委員会の役員だから』と言った石川拓実の情報は正しかった。


「父さん、お願いが有ります、明日までの出願校変更に同意してください」

僕は出願変更に必要な保護者の許可と署名捺印を父に願った。


「青竹からどこの高校に変更する?」

「白梅です」


「野村が白梅に赴任するのを知っているのか?」

「うん、噂のレベルだけど、父さんこそ」


「俺は先月のOB会で野村本人から聞いたが、春までは内定の話だぞ」

「うん、野村先生の指導で全国優勝を目標に全中ベスト5の選手から誘われた」


「それにしても急な話だな」

「父さん、母校の青竹から変更してゴメン」


「人生一度だ、裕人が後悔しないなら、俺は裕人の父として応援するだけだ」

筋肉マッチョの父さんは僕の自慢で、その男らしい性格にも憧れている。


今日の内に担任の小池詩織先生コケシちゃんに電話連絡して、出願変更できる明日の二十日に父の車で青竹高校から白梅高校へ変更手続きのお願いをした。


定員割れで安心していた僕が本気の受験勉強に集中したのは、この日からだった。


後日談的に、

翌日の二十日に天野サヤかさんへ出願先変更を伝えた。

「一体どうしたの、青竹より偏差値の高い白梅なんて?」


「夏に話した石川君の誘い」

「裕人君は私に与太話って言ってたね」


「どうも本当らしい、年功序列の青竹より留学生の美加茂より期待するから」

「裕人君が決めたなら私は全力で応援するから、気を引き締めなさい」

高望みと言われる僕には頼もしい言葉ですが、天野サヤかさんの受験は大丈夫ですか、などと口が裂けてもいえない。


一度は青竹高校を受験すると言った僕は、担任のコケシちゃんと天野サヤカさん以外に、親友を自負する橋本ハッシーにも白梅高校を受けると言えなかった.


無事に出願変更が出来た放課後、担任のコケシちゃんから、

「槇原君、中学毎に出した願書の入れ替えで受験番号が友達と離れるけど承知してね」

勿論、むしろ同級生から受験教室が離れた方が嬉しいのは、後ろめたい気分の所為だと感じる。

未だ何か言いたいのか、担任の小池詩織先生コケシちゃんは、

「槇原君のお父さんは高身長の筋肉マッチョで格好良いね、凄く私のタイプだわ」


先生、生徒の父兄と教師の恋愛は禁断の関係ですよ・・・

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