第105話 秋の夕日はナントカ落し。

灰原中学から同じ方角へ男女子十人位の集団で帰路、冗談交じりの会話に

「あれ、林田リンダ伊藤ユキナさんが居ないな」

いつもと顔ぶれが違うと橋本ハッシーは気付いた。


「図書館に用事が有って、二人で帰るらしいよ」

内田ウッチーと交際している野口ミサトさんが僕達へ言付ことづける。

「用事って何だろう?」


誰もその理由に勘づくが、

「野暮ね、二人だけで話がしたいのよ、空気を読みなさい」

橋本と交際している吉田サユリさんがたしなめた。

男子同士でワイワイ遊ぶ事が好きで社交的な橋本には理解が難しいらしい。


元々は女子生徒が下校時の変質者に襲われる心配から男女の集団下校だったが、その翌日は内田ウッチー野口ミサトさんも理由を付けて別行動に、次の日も一組の男女カップルが離脱し、僕と天野サヤカさん、橋本ハッシー吉田サユリさんの四人は取り残されたような気不味い雰囲気になる。


橋本は『高校入試が終わったら遊園地に行こう』と言う、そこへ吉田さんも『温泉へ卒業旅行に行きたいね』と現実逃避の会話で無理に笑った。



「ところで槇原マッキーは何処の高校を志望する?」

他人の志望校を訊くのは、余程の親友以外は気が引けるデリケートな質問で、『やっぱりバスケの強豪校?』と吉田サユリさんはオブラートに包んで質問してくる。


「県内バスケの強豪県立は青竹高校と東郷高校、私立の三鴨高校と横田学園だろ、今は他に選択肢が無いな」

僕の説明で県内一番の青竹高校バスケ部が第一志望を疑わないだろう。


それでも一歩一歩と最後に橋本ハッシーと分かれる交差点に到着すると、

「なぁ槇原マッキー、俺んちで吉田サユリさんと天野サヤカさんで受験勉強しないか?」


僕は橋本ハッシー吉田サユリさん、天野サヤカさんが志望する高校の偏差値を知らないし、それは流石に不味いだろう。

「そんなの橋本ハッシー槇原マッキーと一緒に居たいだけで、サヤちゃんにも迷惑よ」

橋本ハッシーの提案は吉田サユリさんから瞬間的に却下された。


それでも転校してきて一年の天野サヤカさんを『サヤちゃん』と呼ぶ吉田サユリさんは心を許した友達だと思う・・・



「それじゃぁ、話は代わるが『秋の夕日はナントカ落とし』と言うが、何とかに入る言葉は何でしょうか?、ハイ、槇原マッキー


え、本当の意味を知らないがそれは『ツルベエ』か『ツルベ』だろう、と想像する僕へ、続けて橋本が言う。

「これは大喜利だから、笑える回答だぞ」

面白い事は苦手な僕に大喜利とか言われても、あ~無理・・・


「そうだな橋本ハッシー秋の夕日は小銭落とし」

槇原マッキー、どういう、意味?」


「秋は早く日が暮れるから、小銭を落としたら見つけ難い、だよ」

「う~ん、今一だな」

僕の解説に橋本の採点は低い、その後に天野サヤカさんが、

「私から、秋の夕日は涙落とし、ってどうかな?」


涙落とし、その意味は何だ・・・

僕が思うと同時に橋本ハッシーから、

天野サヤカさん、解説して」


「秋は実りの秋だけど落葉するでしょ,それが物悲しくて、その時に思いを寄せる彼が居ないと寂しくて涙が頬を落ちる、って意味だけど変かな?」


秋の日暮れに寂しさを感じる女心、そこを『涙を落とす』に例える天野サヤカさんはロマンティストだな・・・


「その寂しい気持ち、私は分かるわよサヤちゃん」

「うん、寂しいときは何も言わずに隣に居てくれるだけで善いの、私の肩を抱いて『寒くない?』とか言われたら『ううん、大丈夫』って安心するの」


橋本ハッシーの無茶振りから始まった大喜利がいつの間にか女子トークに、天野サヤカさんの切なさに共感する吉田サユリさん。


「うん、無口な彼氏って善いね、場を盛り上げようと面白くない事を言い過うのは、極薄ペラペラ男ね」

「え、それって俺の事?吉田サユリさんは怒っているの?」

橋本ハッシー、それの質問は墓穴を掘るぞ、僕の心配を他所に。


「別に橋本ハッシーとは言ってないでしょ、ただ隣の芝生が青く見えるだけよ」

好い時も悪い時も喋りすぎる橋本ハッシー吉田サユリさんの苦言に気付くが、

「あ、槇原マッキーの顔が赤いな」

吉田さんが言う、青く見える隣に芝生って、僕だと思えば赤面もする、それでも橋本に指摘されると素直に受け取れない僕は、


橋本ハッシー、秋の夕日は顔色赤しだよ」

「一番駄目な回答だな、本当はツルベエだよ」


橋本ハッシー、ツルベエとは何のこと?」

「落語家さんの名前だろ」

CMが無いテレビの番組で見た、一般人の家にお邪魔する『ツルベエの家族と乾杯』だと納得して、二人と別れた後に天野サヤかさんから、

「裕人君、ツルベエじゃなくて、『釣瓶つるべ落とし』は秋の季語だよ」


「そうなの、知らなかった、で?釣瓶って何?」

「時代劇で中年女性が井戸端会議するでしょ、その井戸から水を汲み上げる桶に繋がるロープの事よ」


小学校の時に手動式のポンプで水を汲み上げた経験は有るが、時代劇以外で井戸の釣瓶を見た記憶は無かった。


僕達と別れた橋本ハッシー吉田サユリさんから釣瓶の意味を教えられていると想像した。


季節は九月から十月、夏服から冬服へ衣替えの猶予期間は個人の判断でどちらも着用できる、朝晩の登下校でも涼しい風を感じる。


そして夏時間から冬時間に切り替わり、下校時間も一時間早くなった。

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