第91話 試合終盤と結果。


『この3Pは落ちる』

橋本ハッシーのフェイダウエイ・シュートを知る僕は咄嗟に感じて、ゴール下でオフェンス・リバウンドのベストポジションを取りに行く、相手の四番は僕に背中を向けたディフェンス・リバウンドポジションを取る。

守備側のリバウンドポジションは攻撃側の選手にボールを取らせない対面と、自分もリバウンドを取りたい背面を向けた二種類がある。


ここまでのマッチアップで僕に負けない自信からか、軽く見られた侮辱より現実はそうだなと納得する、それでもこの試合に負けたくない僕は集中した。


『ガツン』

僕の予想通りに橋本ハッシーが放った逆転の3Pフェイダウェイはゴールリングに嫌われて真上に跳ねた。


万事休す、絶体絶命を感じた僕から視覚と聴覚が失われ、時計タイマーのカウントダウンもスローモーションに感じる、あの交通事故と同じ『火事場の馬鹿力ばかぢからゾーン』に入った。


前にも同じような事が有ったそれは、県大会出場をかけた白山中の市大会で逆転を橋本ハッシーの3Pシュートに託した。

あのプレーに悔いを残した僕はオフェンスリバウンドから手堅く2点を取り、相手のディフェンスチャージからプラス・ワンスローで3点プレイを狙うべきだった。


シュートモーション中のディフェンスファールにはフリースローが与えられる。あからさまにフリースロー狙いのファールを誘うと、フェイクプレイとして逆にファールを取られるが・・・


時がスローモーションで過ぎる僕には考える余裕が有り、二度目のゾーン経験で通常より素早く動ける僕は、神山中四番の左サイドへフェイント気味に移動、それに瞬間遅れて付く相手の右側から全力でリバウンド・ボールへ飛んだ。


いつもならゴールリングに指先が届くだけがジャンプの限界だったが、『あと5cm、10cmだけ高く』と強く願い、同時に右足の太股裏筋肉ハムストリング腓腹筋ひふくきんからブチと切れる音が体内に伝わる。


馬鹿力ゾーンに入った僕の左手首は大きくゴールリングを超えて、落ちてきたボールをそのままゴールネットに叩き込んだが、これで僕がオフェンスファールならノーゴール、ファール無しの2点ゴールなら同点まで、後は審判のディフェンスチャージのファール判定でワンスローを願う。


ここで神山中の四番がゴール下で僕を見上げている、このまま着地したら僕も相手も怪我の危険からゴールリングを掴んで落下タイミングを遅らせた。


それは僕が憧れるNBA選手のダンクシュートからゴールリングにぶら下がるプレイと同じだと思う。


審判の判定は未だか?スローモーションの世界で待つ僕はゴールリングから手を離して着地した。


審判が出す二本の指で2点ゴールのみを見た僕は馬鹿力ゾーンから解放されて、コートのゴール下に膝を付いて倒れた。

それと同時に二階席スタンドの観客から歓声が聞こえる。


槇原マッキー、同点のダンクシュート、凄かったな」

直ぐに橋本ハッシーへ返事が出来ない僕は、自分の右足が限界を超えて延長戦に出場出来ないと悟った。


「済まない、僕はもう無理だよ」

ここまで一緒にプレイして、僕のNBAを笑わず応援してくれた仲間に感謝の気持ちを込めて口にした。


8分毎の4Q試合終了で同点から2分のインターバル後に3分の延長戦が始まった。

肉離れの症状に自力で立てない僕は、患部を冷やして軽く圧迫する簡易的な処置をされて、戦力外メンバーでベンチに座った。


その試合結果は延長のオーバータイム3分で10点差の敗戦。

僕は県ナンバーワン選手と能力差を知り、それと同時に中学バスケの卒業を迎えた。


それでも午後からの試合で決勝戦と3位決定戦が行われて、僕が欠場する灰原中学は3位決定戦に出場した。


仲間と一緒に試合した僕の願いが叶う事無く、その3位決定戦をギャラリー目線で観戦している僕は虚しさしかない。


それから1時間後、試合終了ブザーがバスケコートに鳴り響き、70対74の僅差で灰原中は負けて、県大会4位の過去最高ベストリザルトを残した。


スタンドの応援団へ感謝の礼からユニフォームを着替えて帰路のバスに乗り、

「みんな良くやったよ、ドンマイ」

女医マネ吉田サユリさんの慰めに頷く仲間と僕。

「胸を張って灰原中に帰って、ベンチ入りした二年生は今日の悔しさを忘れるなよ」

顧問の言葉に僕達三年の部活引退が現実と受け止める。


右足を応急処置された僕と、精神的肉体的に疲労したメンバーは会話も無くバスに揺られた。


「今言う事じゃないと思うけど」

橋本ハッシーが口を開いた。

いつも橋本の相手をするのは僕の役目だが、何も話したくない僕はスルーした。

「なんだよ、話って、橋本ハッシー

僕の代わりに内田ウッチーが相手をする。


「あのさ、県大会で優勝しても全国大会へ出るのは、県大会3位までが出場する地方大会の上位3校だって」

橋本の掛け声から県大会優勝で全国大会に行ける『夏の甲子園』式と思ったが、県大会上位校が地方大会の成績で出られる『春の選抜甲子園』と同じと知った。


それじぁ準決勝の神山中に負けても午後の3位決定戦に勝てば、地方大会出場権を獲得できて全国大会出場の可能性も続いていたのか、だから橋本ハッシーの声出しから『県大会に優勝して全中へ行くぞ』を聞いた相手チームが笑うのも理解できる。


「おい、橋本ハッシー、いい加減にしろよ」

その突っ込みはバスケ部を引退する三年メンバーでない、ベンチ入りした二年の白川しろが大きく叫んだ。


橋本ハッシー白川しろの漫才に帰路のバスは笑いの渦に包まれた。


新旧のバスケ部キャプテンはメンタルが強いと感じる。











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