第90話 県ナンバーワン選手。

午前の試合に勝利して、午後からの準々決勝も吉田サユリさんの戦略で快勝した。

その日に泊まる神山ホテルの夕食バイキングと大浴場、心地良い疲労感から熟睡できた翌日の朝食会場で、


何かに理由を付けて僕と同じテーブルに座る橋本ハッシーは、カルボナーラ・パスタの大盛りをチョイスして、僕の朝食を見て、

「勝ち試合の翌日は気分爽快だな、槇原マッキーは和食派か?」

『試合前は消化吸収が良い』の理由でパスタを選ぶ橋本と同様に、僕は卵かけどんを二杯と納豆に豆腐とワカメの合わせ味噌汁、好物の塩焼き鯖も忘れない。


「いつもと同じ食事だと、コンディションも良好だから」

付き合いの長い橋本ハッシーに特別な意味でない。


「そうだ今日の相手は地元の神山中学で、しかもキャプテンの四番は県内ナンバーワン選手の評判らしいって」


ナンバーワンプレーヤーなんて、小魚に背ビレ尾びれが付いて大きくなった噂話で、実は全然違ったなんてよく有るだろう。

しかし火の無い所に煙は立たない可能性もゼロで無いから、油断せずに頭の隅に留めておく。


今日の午前十時に神山ビッグアリーナのA、Bコートで準決勝が始まる。

前日の二試合は過去無敗の白ユニフォームで勝利したが、今日は前回と前々回に敗戦した濃色の黒ユニフォームを着用する。


そんな嫌な記憶に今日の試合は絶対勝ちたい僕は、

「4番なら橋本ハッシーと同じガードだよな、マッチアップ頑張れよ」

*五人で守るゾーンディフェンスを禁止された中学バスケでは、一対一のマンツーマンディフェンスで試合する。*


「そう四番なら俺と同じガードだよな、もし県ナンバーワン選手がPFパワーフォワード槇原マッキーとマッチアップだったりして?、もし県ナンバーワン選手に勝てたら俺が県ナンバーワンだよな、槇原マッキー笑えよ、」


きっと橋本ハッシーの冗談だと思うが、僕は一ミリも口角を上げられなかった。


午前の準決勝前にABコートのバスケチーム4校はシュート練習を始め、下半身はハーフパンツとバッシュを履き、上半身はユニフォームの上に中学名がプリントされたTシャツを着る。

対戦する神山中学の背番号を確認出来ないが、四番ガードっぽい小柄な選手に注目して県ナンバーワン選手を予想した。


「なあ、アレをしないか?」

橋本が言うアレとは、市大会で試した結果優勝できた円陣と声出しに反対するメンバーも無く。


「県大会に優勝して全中に行くぞ、灰原ファイト!」

橋本の掛け声から、

「灰原ファイト~」

ベンチ入りの十五人全員で声を上げた。


県大会常連の神山中はこちらを見下してニヤケ笑いしている。

この意味を灰原中の僕が知るのは後日であった。


NBAを目指す僕は灰原中バスケ部を通過点に過ぎないと考えていたが、仲間は僕の夢を笑うことも無く応援すると言ってくれた。

今の僕はこの仲間と一日も長くバスケをしたい、それには全国大会出場を叶える。

10分のシュート練習後、灰原中学もTシャツを脱いで試合開始のコートに入る。

ジャンプボールを任される僕は、センターサークルで神山中ジャンパーのユニフォームを見て、噂の四番だよ、マジかと驚いた。


兎に角、僕はスタートのジャンプに集中するしかない。


審判が真上に上げるボールに集中して、最高点から落下し始めて自分の跳躍力ちょうやくりょくを意識して高く飛ぶが相手は僕より先にジャンプした。


同じ位の身長でもウイングスパンの大きい僕の方が手は長い、いつもは確実にチームの内田ウッチーへボールを落とせるが、今回は相手ジャンパーと僕の指がボールへ同時に触れて、コートに落ちたルーズボールを橋本が拾い、灰原中のオフェンスでスタートした。


1Qから一進一退の攻防にお互いに得点を重ねて、相手の四番に高さでは五分でも走力で負けている僕の所為で、神山中と2点差から4点差に引き離されてビハインドが広がる。


橋本ハッシー内田ウッチーのガードは、マッチアップの相手と対等以上に得点している。

2Qでも状況は変わらず、ハーフタイムでは顧問と女子マネから、

「向こうの四番エースにマッチアップ出来るのは槇原マッキーだけ、キツイと思うけど頑張って」

同じ様なアドバイスに『昭和の根性論』かよ、と笑顔を見せた。


ボール下のリバウンド攻防に五分ごぶなら大きく点差は開かない、ディフェンスリバンドもオフェンスリバンドもお互いに譲らない、勿論ファールを積み重ねて退場に成るわけにいかない。


県ナイバーワン選手の噂も納得だと意識した僕は冷静に、相手の瞬発力とボールキープ、精度が高く構えてから早いクイッショットが特徴と感じた。


それに対抗する僕は片手で相手をブロックして、逆の腕を伸ばしてディフェンスされ難いフックシュートで得点するが、4Qゲーム終盤で相手は30点以上を取り、マッチアップする僕は18点と得点が伸びない。


65点の灰原中学対67点の神山中学、残り試合時間が一分を切り、ゲームタイマーが0,1秒単位でカウントダウンしていく、灰原中の林田リンダ基本レイアップシュートの2得点で同点に、直ぐに神山中のフォワードがドリブル・ドライブから2得点で逆転される。


ゲームタイマーのカウントダウンは残り5秒に、ディフェンスの神山中はオールコートで守る。

全面オールコートディフェンスとは*

前方からプレッシャーをかけて、ボール運びの遅延でバイオレーション(8秒ルール)を狙える。


相手ディフェンスプレーヤーの間隔が広がるそれが仇に成り、橋本ハッシーは3Pライン手前から得意のフェイダウェイシュートを放つ。


神山中のマッチアップも懸命にブロックジャンプする、いつもの橋本ハッシーつ3pシュートは綺麗な逆回転でゴールネットを揺らすが、相手ディフェンスの指先が触れたのか、無回転で揺れながらゴールリングへ飛んでいく。


二階の観客席から灰原中を応援する誰もが敗戦を覚悟したと思う。

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