第134話 友の母と姉と。

橘葵君と約束した土曜日の朝、いつもより少しだけ早く起きた僕は若干の興奮と謎めいた彼のプライベートに期待していた。


母には前もって『土曜日の朝、新しい友達の家を訪ねる』と予定を告げていた。


出かける僕へ母は、

「手ぶらじゃ格好付かないから、これを持っていきなさい」

それは家業である槇原ベーカリーの粒アンパンと金曜日限定のカレーパンの其々五個が紙袋に入れられていた。


「槇原ベーカリーのパンなんて、自慢してるみたいで恥かしいよ」

小学生の頃なら兎も角、中学生に成ってから家業のパンを手土産に、なんて照れ臭さも手伝って、母から紙袋を受け取るのを少し躊躇った。


うちのパンは裕人が思うよりズッと評判が良いのよ、個人の動画アップ禁止、マスコミやタウン誌の取材もNGだから胡散臭いサイトにも出てない、常連さんの口コミで人気のベーカリーなの」


母がそこまで言うなら素直に紙袋を受け取り家を出た。

勿論、それまでに天野さんから回収した自転車で橘君の家に向う。


隣町の小学校から灰原中学に入学した橘君の家は僕の自宅から5KM程離れていて、アシスト無しの人力自転車で二十分を要する。

携帯スマホを持ってない僕は、美術部の橘君が描いてくれた地図を頼りに自転車を走らせ、最寄駅から離れた小高い住宅街に入り、一軒辺りの敷地が広い戸建てのセレブな街の雰囲気に気後れして帰ろうかな、と不安がよぎぎった。


そんな時に、白い壁が続く豪邸の門扉から、『槇原君、ここだよ』と僕の知る女装男子が片手を振る。

灰原中学では女子用のセーラー服を愛用する彼のプラーベートは冬の寒さに負けないロングの白いダウンコート、ゆで玉子の様に白い肌とキラキラ輝く黒髪、白い耳当てに白い手袋、まるで雪ウサギの様にも見える。


「早く早く、こっちだよ」

大きな扉と大理石の玄関ホールから通されたこの家のキッチンダイニングは、僕家ぼくんちのリビングの3倍以上の広さで、一度に10人以上が座ることが出来る一枚板のテーブルは何の樹木か無学な僕は想像も付かない。


「ようこそ、いらっしゃいませ、私も槇原君と呼んで良いかしら?」

そこには女装男子の橘葵君と瓜二つと言っても良いくらいの美形な女性が微笑む。


「槇原君、僕のマ、母です」

自分の母親を僕に紹介する橘葵君は『ママ』と言いかけて、言葉を選びなおした。

以前に葵君から家族構成を聞いて、上に三人の姉が居て普通に考えれば葵君の母は四十歳を超えていると思う、そして誰かに似ている。


自分の好みではテレビドラマを見ない僕でも、母が好きな韓国ドラマの『チム秘書は』の主演女優、パク・イニョンさんに似ている美熟女と思う。


「始めまして、葵君の友人で、槇原裕人と申します」

「ハイ、私は葵の母のリリーと言います」

え、リリーさんは、葵君のママは外国の出身なのか、それでもゆで玉子のような日本人離れした白くて綺麗な肌に納得した僕へ、


「お母さんの名前は百合子でしょ、初対面の槇原君をからかっちゃ駄目だよ」

え、本名が百合子だからリリーと言うのか、そして息子の友人をからかう大人の女性って、小悪魔よりも魔性の女なのか。


「御免なさい、葵が初めて友達を連れてくるって言うから緊張したわ、裕人君は紅茶とコーヒーのどちらがお好みかしら?」

そのどちらも飲まない僕は返事に困っていた、そんな僕に気付いた橘君は、


「お母さん、僕でも遠慮しているのに槇原君を馴れ馴れしく裕人君って呼ばないで、それに槇原君はカフェインを避けているからミネラルウオーターか牛乳、麦茶しか飲まない」

母に軽く切れる葵君の顔も可愛いし、女性同士に見える母子も微笑ましい。


「それじゃ、ウオーターサーバーのお水で良いかしら?」

それは某ラジオショッピングに聞いた事が有る『富士山の伏流水』ブランドで一度飲んでみたかったミネラルウオーターだった。


「是非に」

赤いボタンはお湯が、青いボタンは冷水が出るらしいが、今の季節は寒いので、橘家の誰も青いボタンを押さないらしい。


ゴクゴク飲み干した富士山の伏流水は円やかな口当たりで確かに美味しいが、元々興味と憧れが有った先入観から僕はそう感じたのかもしれない。


「もう少しで用意できるから待ってね」

百合子さんの言葉に何だろうと思いつつ僕へ『葵に初めて出来た男友達に対面して驚きを隠せないわ』と呟く。

それは190cmを越えた、僕の身長からだろう・・・

それから間もなく、僕と葵君が居るダイニングに複数の足音が聞こえて、


「ママ、葵の友達って本当に来たの?」

「だから、妄想のエアフレンドだって」

広い玄関からダイニングに続く廊下から聞こえる女性の声と同時に扉が開き、椅子に座った僕を見て固まった。


「え、本当に実在するの?」

「なんか中学三年生にしては、めっちゃ大きくない?」


「桃と桜、お客様の前でお行儀が悪いわよ」

ママの百合子さんが制服の二人をたしなめる。


「私は次女のピーチこと桃子よ」

「私は三女の桜子、チェリーと呼んでも良いわ」

日に焼けた小麦色の顔で似た女子高生風の二人は、橘君が言っていた双子の姉だと察しが付いた。


「ども、始めまして槇原裕人です、今月で十五歳の中学三年生、春の身体測定で191cmなので、今はもう少し成長していると思います」

僕は姉達の疑問に答える様、簡潔に自己紹介を済ました。


「葵とは対照的と言うか真逆のキャラね、やっぱりバスケ部も本当なの?」

CGやAI、妄想空想友達と疑われていた僕のバスケ部員も、架空設定の一つだったのだろう。


「そうですね、夏の県大会で引退したけどバスケ部でした、それよりピーチの桃子さんとチェリーの桜子は本名ですか?」

葵君の家族構成に興味は無いが、ママがリリーと名乗り、双子の姉がピーチとチェリーは受け狙いのギャグなのか、


双子の姉は高校で女子サッカーとソフトボール部所属で日焼して、その胸はバストより胸囲、お尻はヒップより臀部が正しい、筋肉系でゴリ女子と言っていたが、女子アスリートと言う方が角が起たないと思う。


「私達を名前を決めたのはパパなの、パパと結婚したママが百合子でリリーだから、子供にも植物を名付けようって、私は名前の桃子ピーチを好きよ」

「そうよ、可笑しな発想だけど、私は名前の桜子チェリーを気に入っているわ」


その理由から男子に葵を命名したのもパパと思うが、葵とはどんな植物だろう・・







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