第135話 友の父。
双子の姉妹が帰宅して五分後の橘家、
「もう葵の友達は来ているの?きっと犬か熊の縫ぐるみじゃないの?」
僕の存在を疑う長女の登場に姉妹と発想は近いと思う。
「どうも、CGでも縫ぐるみでも無い、葵君の友人で、槇原裕人と申します」
「あ、そう言う事じゃなく、でも大きいね」
僕の第一印象は大きいに尽きるのは自覚しているけど、この姉が通う大学なら僕くらいの男子学生は居ると思うが・・・
「中高大学とホッケー部の私は名邦大学でスポーツ科学を学んでいる橘蘭、よろしくね」
名邦大学とは僕が選抜試験を受けた名邦高校が付属の私大と察した。
そして橘家の長女は蘭と名乗るが、母や妹のように愛称を言わない、もっとも僕は蘭の英語表記を知らない。
「始めまして、蘭は英語でなんて言うんですか?」
僕の単純な質問にその意味を汲み取る蘭さんは
「あ~、あれね、ママと妹に槇原君はからかわれたのね、蘭は英語でオーキッドだけど私は名乗らないわよ、因みに胡蝶蘭はファレノプシス、よく知られるシンビジウムは寒蘭よ」
そのどれも聞いた事も無い雑学と思う。
「そうですか、もう一つだけ、スポーツ科学はどんな勉強ですか?」
これも単純な疑問から出た質問で、僕は知識不足を自覚している。
「そうね、スポーツ科学とは、スポーツ栄養学、心理学、医学、生理学などに
部類研究する学問よ、例えば」
長女の蘭さんがそこまで言いかけた時に廊下の先の玄関から、
「お~い、玄関の大きな靴は葵の友達か?直ぐシャワーを浴びからちょっと待って貰えよ」
野太い男性の声にママの百合子さんが、
「ハ~イ、分かってますよお父さん」
遠くから夫の声に負けない声量で答えるママの百合子さんは、僕を見て、
「家の人、三人の娘から臭いって言われるのが嫌で、今日も朝から草ラグビーに出かけて帰ったばかり」
ママの説明だと、葵君のパパは橘夏夫、学生時代ラグビー選手で、今も同期の仲間と草ラグビーを楽しむ、某スポーツメーカーの営業部長らしい。
「お待たせ、おぉ君が槇原君か、葵から話は聞いているが想像したより大きいな」
人から大きいと言われる事に慣れているが、初対面な友の父も推定185cm体重90Kg以上の巨漢と思うが、僕より目線が低いから190cmには届いて無いと思う。
そして何よりもアウトドアスポーツのプレーヤーならでは色黒で、父と3姉妹が黒石、母の百合子さんと葵君は美白の白石、碁石みたいな五人家族と思う。
「始めまして、槇原裕人です、大柄な両親の遺伝と健康的な食生活と睡眠からここまで育ちました」
「そうかそういか、足のサイズは30cmか?」
「はい、バッシュなら市販品が豊富ですけど、普段履きの靴探しは」
最近は靴選びに困る、特に白限定の通学シューズに昔から変わらない校則の不備を感じる。
それよりも父の容姿が如何にもラガーっぽいのに、妻と娘達とも共有しているのか、シャンプー&リンスのフローラルの香りが、嗅覚に長けた僕の笑いを誘う。
これは口に出さないけど、
「さあ、桃と桜、蘭も手伝って、葵もよ」
ダイニングテーブルに座る葵家の子供達は母の手伝いにキッチンへ移動した。
僕は葵君の父と二人だけにされて会話も途切れて、気の効いた言葉が出てこない。
気まずい状況の中、口火を切ったのは
「なあ、槇原君は引き篭もりの葵とは真逆なスポーツマンだろ、どこが良くて友達に成った?」
見た目ならそうだろうが、
「僕は葵君の絵を見て、その才能と未来の成功を感じました、とか言っても僕にセンスが無い事は自覚してます」
「絵描きでは将来食っていけないだろう、フェルメ-ルヤゴッホも死ぬまで貧しかったらしいぞ」
確かに昔の画材は高価で、裕福なスポンサーが付いていないと画家では生活が出来なかったと聞くが、
「ネット環境が発達した現代にはバンクシーの様な有名な画家が居ます、葵君が未来のバンクシーかラッセンに成れるかまでは判りませんが、日本国民の平均的なセンスの僕が良いと思うなら世間の人も認めてくれると思います」
「なるほど、ネット化、そう言う君の将来は?」
「僕はアメリカのプロバスケットプレーヤ-を目指しています」
「確かに二人の日本人プレーヤーは居るが、次に続くのは未だ出ないだろ」
「八浦ルイさんと渡辺雄大さんが開いた扉を目指して、アメリカの大学へ進む積りです」
「大いなる野望だな、もしもその時は友の父でなく、スポーツメーカーの社員で面会したい」
僕の夢を語ると大概の大人は『無理だと』言うが、葵君の父は僕の夢を大いなる野望と肯定してくれた。
「さぁさぁ、男同士の話はお終いよ、みんな席に座って、ハイ」
百合子さんの掛け声に、橘家のそれぞれがテーブルに向かい椅子に座る。
ダイニングテーブルの上にはフライドチキン、フレンチポテトとピッザ、ボロネーゼパスタとタコと鯛のサラダにドレッシングが掛かったカルパッチョはテレビで見た事が有る、しかし赤いシチューに僕は始めましてだ・・・
「あのう、これは何ですか?」
何も聞かされて無い僕は今の状況を誰にと言うより、橘家の全員に訊いた。
「これはね、桃と桜の誕生日が忠臣蔵の日でr、クリスマスに近いから毎年合同でお祝い会を開いているの、今年は葵に初めて出来た男の友達、槇原君をゲストに招待したわ、迷惑だったかしら?」
満面の笑顔で解説する美塾女の百合子ママ、葵君は両手を合わせて、
「誕生日会の事を言うと槇原君は来てくれないでしょ、騙したみたいで御免ね」
申訳無さそうに言うが、その顔は自慢げに微笑んでいる。
三人の姉達は弟に初めて出来た男友達の僕に驚き、そしてある疑問を感じたと後から聞いた。
僕が知らない赤いシチューはロシア料理のボルシチらしく、赤いのはトマトとビーツの色素で、他にジャガイモと牛肉、人参キャベツ玉葱ガーリックも感じるが、見た目の派手さより薄味で、初体験の僕はこの味が嫌いじゃない。
父の夏夫さんから双子姉妹の桃さんと桜さんへ、長女の蘭さん、ママの百合子さん、息子の葵君へ小さなカードを手渡し、そして、
「これは槇原君へメリークリスマス」
僕もカードを渡されて、
「これは?」
「遠慮なく受け取ってくれ、我社の商品券だよ、息子の友人に好きなスポーツグッズをプレゼントする、じゃあ俺は接待ゴルフに行って、その後は忘年会だから先に寝てくれ、メリークリスマス」
ママが用意したクリスマス&バースデー料理もそこそこにパパは午後からの予定に出かけた。
まるで嵐が去った後みたいに静かに成り、少しだけ寂しさを感じた僕は受け取ったカードを見て、
「え、これはマシックスの商品券でしょ、小さくなって履けなくなったバッシュが
買える、これは凄く嬉しい、有難う、ええっと、葵君かな?」
プレゼンしてくれたパパは出かけて、誰にお礼を言うべきか悩み、友の葵君をチョイスしたが、
「そこは違うでしょ、私と桃のバースデーに招待したから、お礼は私、桜子と桃子に言いなさい」
桜子さんの言い分は確かに筋が通っている、そして桃子さんは、
「パパが居なくなるのを待って訊くけど、槇原君は葵の彼氏なの?二人は
爆弾発言的な質問をサラリと言う。
「バ、バカな事を言わないで桃ネエ、槇原君に凄く迷惑だよ」
強く否定する葵君の横で咽た僕は鼻からボルシチが出ていた。
チャラリ~ン鼻からボルシチ~、残念~
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