第136話 スポーツ科学。

橘家のクリスマス&お誕生日会に参加した僕は、百合子ママの料理を堪能して帰宅することに成る。

葵君の部屋を見られなかったのは残念だが、楽しみは次の機会に取っておこう。


「じゃあ、またね槇原君」

そう言う葵君に見送られて橘家の邸宅から通りに出て自転車に跨った。

家族から友達疑惑の葵君へ証人として誘われた僕は、友の父からスポーツメーカーの商品券を頂いて結果的にラッキーな思いをした。


高級住宅街の角地に建つ葵家を右手に見える交差点で信号待ちする僕に、葵家の二階の窓から長女の蘭さんが『こっち、こっちよ』と手招きして呼ぶ。


「なんですか?」

「そこに裏口扉が有るでしょ、裏庭から階段で上がって私の部屋に来て」

何か忘れてた用事でもあるのかと、特に疑いもなく言うとおりに裏口から自転車ごと侵入した。


僕がドアノブを握るより先に扉が開き、中から蘭さんが、

「シ、静かに付いて来て」

足音を立てないように歩く欄さんの後に続く僕は、これは空き巣か泥棒みたいだと思う、そして誰にも見つからないよう静かに階段を上り、『こっちよ』と蘭さんの個室に通された。


「あの、用件は何ですか?」

僕の単純な疑問に、

「あれよ、スポーツ科学の説明が未だでしょう」

そうか、名邦大学でホッケー部に所属して、スポーツ科学を学ぶと自己紹介した蘭さんにスポーツ科学に意味を訊いたのは僕で、丁度その時にパパの夏夫さんが帰宅してスポーツ科学の話題は有耶無耶に終わった。

それを僕に告げる為に蘭さんは自室の窓から僕を呼び止めたと察した。

今更スポーツ科学について聞かなくても良いのが僕の本心だが、それを言える筈もなく、


「そうでしたね、それでスポーツ科学とはどんな学問ですか?」

僕は社交辞令的に蘭さんへ尋ねた。


「前にも言ったけど、スポーツ科学とは、栄養学、心理学、医学、生理学とスポーツに関する経営学、指導方も含めて、槇原君に分かるかな?」

「ちょっと難しいですね、蘭さんの専門分野を説明してください」

スポーツ科学の全て聞かされても僕には理解出来ないと思い、その一部だけを聞いて帰らして貰おうと策を講じた。


「そうね槇原君、人の体は口から摂る食物から出来ているでしょう」

「まあ、そうですね」

否定する理由も浮かばないから僕は相槌を打って肯定する。


「特定のスポーツに特化した体作りは栄養学とトレーニングを含めた生理学、更に競技で必要な心理学が大切は理解できるかな?」

女子大生の蘭さんは幼い子供でも理解できる様に僕へ説明してくれるから生返事は出来ない。


「確かに試合中の精神的プレッシャーとか、試合前は消化吸収の良いパスタを食べたり、ハーフタイムに疲労回復を期待してハチミツレモンを取ります」


「そうそう、それがスポーツ科学の一部よ、槇原君は日々のトレーニングもしているでしょう?」

「まあ、両手に10㎏のダンベルを持ったラジオ体操の自己流筋トレですが」

いつもしている自己流筋トレを世間話的に蘭さんへ答えた。

「え、10㎏?腕と肩、服を脱いで上半身を見せて」


僕は口が滑ったとこの時点で気付いたが既に遅し。

「今ですか?」

「この部屋はエアコンも入っているし寒く無いでしょ、葵の前だと全裸に成ったって聞いたわよ、それとも葵と槇原君はやっぱりBLなの?」

それは美術部の葵君が僕に絵のモデルに成ってと言うから、ダビデ像を想像して裸になった勘違いで僕が露出趣味でも無いし、まして葵君と男色の関係でも無い・・・


「BLとは違いますよ、僕はいたってノーマルな男子です」

「そうね、三人の可愛い女生徒とエッチしても放置していると聞いたわ」

それは美術部室で松下さん達が橘君へ話した真実からの冗談だが、それを姉に話していたとは・・・


「そこまで話すとは、葵君は蘭さんと仲が良いのですか?」

「そうね、葵が産まれた時の私は五歳で桃と桜は二歳だったから、葵は妹二人に玩具の様にされて、可哀想な葵を助けるのが私の役目、だから葵は私に懐いていたわ」


一人っ子の僕には家族の、特に姉妹の力関係を知りえないし、今でも女装男子推定160cmの葵君よりアスリート女子の推定170cmの桃さんと桜さんの方が身長も体重も大きい、きっと腕力でも敵わないと思う。

早く用件を終えて帰りたい僕は、

「分かりました、脱ぎますけど体毛が薄いから恥かしいです」

簡潔に告げて、サクッと上着からパーカー、2LサイズのTシャツを脱ぎ半裸になった。


「ちょっと触るね」

女性特有の冷たい指が僕の肩と腕、過去に専門書で知った僧帽筋そうぼうきんから三角筋、上腕三頭筋に手を滑らすように触れる。


「いいね、柔らかい筋肉はアスリートの理想、骨と関節が太いのも将来期待できるわ」

「それはバスケに特化したトレーニングが必要ですか?」

もしもだが、僕に足りない何かがスポーツ科学の指導で補えるならとても有り難い。


「そうよ、受験が終わったら名邦大学で槇原君をモニターとしてチェックさせて、槇原君に取って悪くない話と思うよ」


半裸の僕は蘭さんの解説に少し興奮して身体が熱くなるのを感じていたが、アソコの海面体は理性を保っていた。


「それにしても白い肌ね、お日様に焼けないの?」

「日に当たっても赤くなって元の戻るので、アソコ以外の髭や手足、腋の毛も無くて、これは個人差ですよね」


「それは両親からの遺伝的要素と思う。今は男性も永久脱毛する時代だから好都合じゃないの、槇原君の口が固いって葵から聞いたけど、それも女子にモテル要素よ」


つまり葵君が知る僕の個人情報は長姉の蘭さんも知っていると記憶しておこう。

これで用件は済んだが、蘭さんから一方的に弄られた僕は何か一つでもお返ししたくて、


「半裸の男を目の前にして冷静に分析できる蘭さんは、さぞかし男性経験が豊富なんですよね」

僕にしては低俗な皮肉に少しだけ自己嫌悪するが、蘭さんの『まぁねぇ~』と大人の反応を期待したが、

「そ、そんな事は槇原君に関係無いでしょ!」

僕より五歳年上、二十歳の蘭さんは耳まで赤く赤面して強く否定した。


「蘭さん、その照れ方、凄く可愛いですよ、お邪魔しました」


蘭さんの部屋を出る僕の後頭部に羽毛枕が飛んできた。

週明けの月曜に僕の代わりに葵君から蘭さんへ謝って貰おう・・・

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