第23話 平穏な日々は続かない。

火曜日の朝に目覚めた僕は肩の調子が良い。

昨日までは痛む左の肩が上がらなかった。

肩が上がらないと言うのは、肘が肩より上がらない意味で、肩周囲の鈍痛も小さくなっていた。


男子バスケ部の朝練は隣のコートに女子バスケ部も居て、セフレになった松下エミさんと篠田ユミさんは、僕と視線を合わせない素振そぶりで救われる。


二日ぶりのバスケ部の朝練に参加する僕へ部長の橋本ハッシーは、

槇原マッキー、日曜の試合後に松下エミさんと出かけたよな、何処に行った?」


橋本ハッシー、ラーメン屋だよ、僕のプライベートを聞いて面白いのか、逆に訊くけど女子マネの吉田さんと何処へ行った?」

「俺は吉田さゆりさんとマックからカラオケに行って、自分が音痴と知った・・」


「なぁ橋本ハッシー、人には触れられたくない事も有るから、いちいち訊くなよ」


多少の気不味さを感じながら朝練が終わり、午前の授業が進んでいく。

給食後に教室の掃除から昼休み、クラスの男子や女子達が昨夜見たドラマの俳優や音楽番組で歌い踊る、推しのアイドルを話題に盛り上がる。


前に熊先輩から『彼女や恋人が出来ると好きな芸能人に興味が無くなる』を思い出して納得した。

そんな一人で瞑想めいそうに浸る僕へ、

「槇原君、これ食べて」

同学年で別のクラスの小柄な女子が三人、セロファンで包んだクッキーを差し出す、

「え、これ、なに?」


「槇原君にお願いするお供え物、私達が悪い人に襲われたら守ってね」

「それ誰に聞いたの?」


「小松リンちゃんが『マッキーが守ってくれる』って嬉しそうに言うから」

誰にも言うなと口止めしたコリンは口が軽い、軽率な約束を後悔した。


しかし、目の前に並ぶ小学生みたいな女子3人を襲う悪者はきっとロリコンだろ、防犯ブザーでも用意しろよと思う、

「うん、心配しないで、男子バスケ部員ならいつでもボディガードに成るよ」

身長だけなら普通の生徒より大きい同級と後輩のバスケ部員を巻き込んだ。


廊下から教室を見る高身長の女生徒は、女子バスケの清水アキさんが手で招き、


槇原マッキー、こっちに来てよ」

自分の机を離れて、廊下で待つ清水アキさんへ、


「僕に用って、どうしたの?」

他の女子より僕と目線が合う清水さんは170cm越えていると思うが、身長コンプレックスを知るから決して言わない。


槇原マッキーが大きい学生服を探しているってラインが有ったけど、もう見つかった?」

そうか篠田ユミさんはSNSで聞き込みしてくれたのか、

「未だ無いよ」

「じゃぁ、私の伯母おばさんに訊くね、去年東京の大学に入った従兄いとこが高校時代はバレー部で背が高かったから、サイズも190cm以上と思う」


有り難い知らせ『喜んで頂きたい』と二つ返事で清水アキさんへお願いした。


「伯母さんの住所を教えるから、マッキーは一人で取りに行ける?」

清水アキさんの手をわずらわせるのは申し訳無い『勿論』と答えた。


想定外の幸運から、制服の問題が解決できると嬉しい。

放課後の部活が終わり、僕を待っていたサヤカを家に送る時に、

「サヤカは同じ方向の友達と一緒に帰って善いよ」

日暮れの時間が早くなり、明るい間に帰宅を勧めた僕へ、


「最近の裕人君、どこか人が変わったみたい、少し意地悪だよ」

サヤカの何気ないひと言で僕の心がチクリと痛んだ。


翌水曜放課後の部活が終わり、清水アキさんから伯母さんの住所が書かれたメモを受け取り、『帰路の途中に寄るよ』清水アキさんへ返事した。


僕が住む騒がしい円城寺えんじょうじ商店街と違い、閑静な住宅街の一角に伯母さんの戸建て、表札の『安田』で間違いないか、受け取ったメモで確認して玄関ベルを鳴らした。

清水と安田で姓が違うのは母方の伯母さんと想像した。

「こんばんわ、清水さんから連絡いただいた槇原と言います」


は~い、いま出ますね、インターフォン越しに女性の声が聞こえて、開錠音と同時にドアが開いた。

「いらっしゃい、マッキー君、アキナから話は聞いているわ、早く入って」

初対面で緊張した僕を叔母さんはウエルカムで迎えられた。


「中学二年でしょ、想像して居たより大きいね、今、何センチ?下の名前は?」

「はい、185cmの制服が小さくなったのでそれ位と思います、名前は裕人です」


「息子の時も思ったけど、サイズ表記って実際と違うね、サイズが合えば良いけど良いけど一度着てみてね」


クローゼットで保管された防虫剤の匂いに心配したが、風通しの良い場所で干されていたのか、そんな僕の心配は無用で、襟の195cmサイズのタグで安堵して袖を通した。


「少し大きいけど、未だ成長するから、これを着てね」

「有難うございます、僕は幾らお支払いすれば宜しいですか?」


「処分に困った学生服にお金なんて要らないわ、それより少しだけ立って」

試着したまま立ち上がると叔母さんは、

「裕人君、お母さんと仲は良いの?」

「え、普通に話しますよ」


「息子は中二で反抗期に、高校から大学入学で家を出るまで殆ど会話が無かった」

それは各家庭の事情だから仕方無いと思うが、

「きっと離れて初めて息子さんはお母さんに感謝していると思います」

慰めにも成らないが、大人なら社交辞令と言うのだろう。


「裕人君は良い子ね、ちょっとだけ伯母さんをギュッと抱きしめて」

抱きしめてとは、エッチな意味じゃなくて親愛のハグなのか、少し迷うけど学士エ服を頂いたお礼の積りで、


「こうですか?お母さん産んでくれて有難う、育ててくれて有難う」

福与かな身体の伯母さんをハグして、東京の大学へ行った息子さんの気落ちでちょっとだけサービスした。


目尻に涙を少し浮かべた叔母さんは僕の顔を見つめて、

「本当に良い彼氏を持ったアキナが羨ましい、ねえ晩御飯は未だでしょ、ここで食べてってよ」

晩ごはんの言葉に釣られるが、僕が清水アキナさんの彼氏なのか、過ぐにでも否定したいが、伯母さんを喜ばせた責任も感じて無碍むげには断れない。


「はい、折角なので食事を頂きますが、気を使わないでください」

「お肉で良いかな、頂き物の和牛で焼肉は嫌いじゃないでしょう?」


「勿論、大好物です」

「焼野菜は何をが好み?」


「キャベツと玉ねぎです、モヤシも好きです」

家の焼肉はカサしでキャベツやモヤシが活躍する。


カセットコンロに乗せた溶岩板で牛肉と一緒に野菜を焼き、清水アキナさんの伯母さんと向き合い、箸と茶碗を持った。


「御飯のお代わりは?」

「はい、頂きます」


「若い男子の食欲を見ているだけで惚れ惚れするわぁ~」

「恐縮します」


そんな頃に玄関から歩く音がして、僕と伯母さんが食事しているダイニングに現れると同時に

「伯母さん、槇原君が学生服を取りに来たの?え~なんでマッキーが御飯を食べている、しかも焼肉って有り得ない」


断れない状況から食事を頂いた僕は、それを言われても知らんがや・・・

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