第27話 野外学習 ①。

僕が通う灰原はいばら中学は五月に体育祭を行い、十月の行事は一年生が日帰り遠足、二年生は一泊二日の野外学習、三年生は二泊三日の修学旅行が行わる。


僕達二年生の野外学習とは、朝、学校をバスで出発して、横山寺から『県営青少年の家』まで八kmの低山ハイキングから夕食の自炊料理と宿泊体験。


教壇に立つ担任の松田先生は、

「一部屋二段ベッドが二つの四人部屋、希望者は寝袋を持参なら小さいテントで野営できるが?」

寝袋なら家に有るし、斑で作る夕食に満足出来ないし、僕に二段ベッドは小さい。

「先生、テントで野営したら副食用に火を焚けますか?」

流行のボッチキャンプに憧れないが、

「食いしん坊の槇原はテント野営を希望か、焚き火は許可するが直火は禁止だぞ」

それは好都合、当日に雨が降らない事と星空のもとで夜食に期待して、今から待ち遠しい。

履きなれた運動靴と中学指定の上下ジャージを着て、リュックには昼食用のお弁当と着替え、個人で必要な持ち物を詰めて、五十人乗りのバスに乗った。


中学から予約したバスに乗って三十分でハイキングスタート地点の横山寺に到着、集合から点呼を終えて、

「およそ三時間でゴールの『青少年の家』に到着した者から昼食を食べて良いが、競争じゃないから急いで登山道を走るなよ」


到着時間に遅れが無い様に部活動無所属の女子と文系クラブの女子、同男子の後から運動部活の女子、最後に運動部活の男子が10分毎の時間差で順にスタートする。


八kmの低山ハイキングを三時間でゴールしてお弁当を食べられるなら、運動系の男子は走らなくても早足で先を急ぐだろう。


槇原マッキー、早くゴールして、俺と一緒にお弁当を食べよう」

バスケ部の部長、橋本ハッシーは言うが、山道で怪我しても詰まらない。


「僕は自分のペースで歩くから、橋本ハッシーは先に行って良いよ」

きっと先にスタートした彼女の吉田さんに追いつきたいのが、橋本ハッシーの本心だと思う。


標高100mから200mの低山の尾根を歩くハイキングは展望も良く、上り下りの階段も整備されて、道幅も広く対向するハイカーと不安無く通過できる。


綿菓子に似た入道雲の夏空から、高く青い秋空に見えるあれはイワシ雲なのか、

十月は紅葉に未だ早く、最初に赤く色を変えるナナカマドやウルシの葉も赤くない。


僕はマイペースで歩きながら、前方を歩く非運動系男子を追い越していく、運動系部活の女子には追いつけないまま、無所属女子の最後尾にクラスの女子と一緒に歩く天野サヤカを確認した。


追いつけば何かの会話が必要だから、一定の距離を取って同じペースで二人を追尾するが、僕はストーカーじゃない。

平坦な低山稜線の8kmハイキングも残り1km少々、少しづつ下りの勾配と階段が始まる場所で、


「痛い」

「愛ちゃん、大丈夫?」

サヤカと歩く女子が階段を踏み外して足をくじき、その悲鳴と心配するサヤカの声が後ろを歩く僕に届いた。


「愛ちゃん、ゴールまでもう少しだけど立って歩ける?」

「痛くて無理かも、どうしよう?」


最後尾を歩く引率の先生は居ないと思う僕とサヤカの目が合った。

「裕人君、助けて」

助けてと言われても、僕のリュックには傷バンドとサポートテープが有るだけ、挫いた足首が捻挫なら気休め程度になる。


「ちょっと足を見せて、靴を脱げるかな?」

痛いと言いながら見せた足首に腫れは無いが、骨折や靭帯損傷の不安がある。

「テーピングで足首を固定してみるから、それで歩けると良いけど」


踵を90度に固定して、足首が動かない様に捻挫の応急処置でテープを張り、

佐藤アイさん、これで歩けるかな?」

佐藤さんはサヤカに肩を借りて立ち上がるが、

「痛くて無理みたい、どうしよう」


この時点で僕の出来る事は無いと思うが、サヤカは僕へう様な眼差しで、

「裕人君、愛ちゃんを背負ってよ」

突然のサヤカから要求へ反射的に、

「え、僕が佐藤さんを背負ってゴールまで歩くの?」

と答えたが、他に手段は無い。


「え、槇原君に背負われるのは恥かしいです」

「怪我人は文句を言わないで、裕人君お願い」


強く言うサヤカに逆らえない佐藤アイさんは、僕に背負われてゴール地点へ向かうことに成った。


非運動系女子は筋肉量が少なく、身体からだの重さが負担にならない。

それでもオリンピックで金メダルを取った女子大学のレスリング選手が、同じレスリング部の女子選手を二人背負って歩くトレーニングを見たテレビを思いだした。


怪我した女子を背負う僕へ、先ほど追い越した無所属文系男子が、

「マッキー、ヒーローみたいで格好好いな」

いつもなら男同士の冗談で済ますが、背負われる女子の気持ちを考えると、

「怪我している女子に、そんな事を冗談でも言うなよ」

真顔で怒る僕に驚いた男子は、

「マッキーと誰か解らない背中の女子、ゴメンね」

冗談を言った男子は気不味いのか、先を急いで離れて行った。


背負われた佐藤さんの恥かしさを少しでも和らげたい僕は、

「佐藤さんは何処のクラブ?」

背負う女子の部活に興味は無いが、気晴らしで会話の切欠を訊いた。

「書道部です」

墨と筆の書道部か、なにも思い浮かばない僕へ佐藤さんは、

「槇原君の好きな四文字熟語はナニ?」

僕が好きな四文字熟語と訊かれても『焼肉定食』や『悠々自適』じゃ面白くない。

答えに困る僕へ背中の女子は、

「私の勝手なイメージだと槇原君は『天下布武てんかふぶ』か『勇壮果敢ゆうもうかかん』よね」

僕は戦国武将じゃないし、バスケ以外で争うのは嫌いだし、少しも面白くないし笑えない。


「う~ん、そうだな『無為徒食むいとしょく』と同じ意味で『徒手遊食としゅゆうしょく』かな?」

無駄に時間を過ごす自堕落な熟語を言う。

「それ難しいよ、もっと簡単な熟語なら」


「じゃぁ酒池肉林しゅちにくりんなら?」

「え、背負う私のお尻で想像したの?槇原君は怖い顔してもエッチね」

書道部の女子には僕の冗談が通じないみたいだった。


足首を怪我した女子を背負い、残りのハイキングコースを下りゴール地点で、

「骨折して無いと思うけど靭帯が伸びてないか、捻挫でも医者に診せてね」

ハイキングに参加しない教頭の車で佐藤アイさんは整形外科に向かった。


クラスメイトより遅れてゴールした芝生広場で天野サヤカとお弁当を食べてから、疲労回復を願って大の字に成り、青く高い秋空を眺めた。


次話の予告

野外学習の定番はカレーライス。

大食漢の裕人はメスティンを使い何を補助食にするのか?



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