第26話 人の縁。

人のえんと間違えやすいみどりではなく、訓読みの『ふち』 音読みの『えん』から『えにし』です。

えにしとは人と人の運命になる巡り合わせ、人生で繋がりの意味があります。


清水さんの伯母さんから頂いた学生服を灰原中のボタンに交換する際に、地区で偏差値70以上の黒松高校と気付いた。


黒松高校の卒業生は東大京大を含めて、旧帝大や東京の有名私立大へ進学する超進学校。

「裕人も黒松高校に進学できるとお母さんは嬉しいわ」

母からの過大な要望に僕の学力を知って欲しいと思いつつ、

「母さんの気持ちは分かるけど、黒松高校にはバスケ部が無いから諦めてと言う前に僕の成績じゃ無理です」

もっともな理由を付けて母にやんわりと否定する。


「じゃぁ、バスケをやりたい裕人は青竹高校を志望するの?お父さんも青竹高校でバスケ部だったのよ」

今はパン職人の父が元バスケ部と聞いていたが、県ナンバーワンの青竹高校バスケ部とは知らなかった。


「へぇ~そうなんだ、今度父さんにいてみるよ」

「そうだ裕人、制服を頂いた清水しみずさんの叔母さんにお礼の気持ちを届けて、父さんのパンを持っていきなさい、食事もご馳走に成ったのでしょ」

昔から母は『人のえにし』を大事にする人で、受けた恩に礼を持ってお返しする律儀な性格で友人も多い。


清水さんの叔母さんは安田さんで、その家の場所はあそこだったな、

「分かった、明日の朝に届けるよ」

「ちゃんと『制服を頂き、有難う御座いました』とお礼の言葉を伝えてね」

母がよく言う『気は心』『人の縁』と同じかなと思う。


「あのさ、母さんは父さんと何処で知り合ったの、世に言う『馴れ初め』は?」

「え、父さんが母さんに一目ぼれして、その熱意に負けて一緒に成ったのよ」

それ多分に母さんの作り話だと思うが、僕には否定出来る証拠も無い。


「そうか、母さんと父さんは大恋愛の末に結ばれたんだね」

「もう、裕人ったら、大恋愛で結ばれたなんて恥かしくて顔が赤くなるわ」


翌朝、槇原製パンの食用パン一斤と人気のアンパンを五個、白い紙袋に入れて登校途中に安田さんを訪ねた。

「お早う御座います、槇原です、先日のお礼に伺いました、ささやかな物ですが制服のお礼です、受け取って下さい」

「まぁ裕人君、態々わざわざ有難うね、これって円城寺商店街のパン屋さん?」


「はい、父が営む槇原製パンです」

「ここのアンパンは美味しくて評判で昼前に売り切れるから嬉しいわ」

それって、美味しいと誉めながらも午前中に売り切れると苦情を言われている。


「和菓子屋さんからアンコを仕入れるから、作れる数に制限があって申訳ないです」

「そんな積りで言ったわけじゃないのよ、あ、そうだアキナちゃんと交際は順調なの?キスとかしたの、可愛い姪の事は気に成るのよね」


確かに清水アキさんとキスした、その先は無理矢理に理由を付けて回避したが、それを素直に言う義務は無い。

「まだ僕達は中学生ですので、伯母さんが思うような関係じゃないです」

「ゴメンなさい、裕人君とアキナは清純なお付き合いね」

そもそも僕と清水アキさんは交際してないし、清純な交際と言われても逆に恥かしい。


「バスケ部の朝練が有るのでこれで失礼します」

「引き止めてゴメンなさい、また来てくれるよね」

「はい、機会が有ればお邪魔します」


清水アキさんの伯母さんへ社交辞令的に返事をして、僕は灰原中へ急いだ。

ある日の夕方、早朝3時から働くパン職人の父と二人きりの機会に、

「父さんは青竹高校のバスケ部だって母さんから聞いたけど、全国大会に出場したの?」

「あぁ三年の冬、背番号9を着けてウインターカップに出たが、二回戦敗退した」


「どうして父さんはバスケ推薦で大学に進まなかったの?」

「ウインターカップで自分の中で限界を知って、進路をパン職人に変えたかな」


「父さんが良ければ詳しく教えて、対戦チームに圧倒的に負けたとか」

「それは対戦チームじゃない、俺の時代より前は秋田の工業高が連続優勝だった、その年は2mの双子プレーヤーを要する京都の私学が、圧倒的な力で全国優勝して、俺は自分の将来を変えた」

今年で三十八歳の父と同級なら、今の双子はバスケを続けて居ないだろうと思うが、


「京都の私学で2m双子は進路も一緒だったの?」

「大学は別々に進んで、その後は二人共にバスケ日本代表になって、詳しくは知らないが今も現役の選手じゃないかな?、でもな、秋田の工業高出身でNBAを目指した選手も40歳を超えて栃木か宇都宮のチームで現役だと思う」


現在NBAで活躍する二人の日本人プレーヤーより、先に渡米した先駆者を僕は知らない。

選手寿命が短いと思っていたバスケプレーヤーが40歳を過ぎて現役とは、ごく限られたスーパースターだけと思う。


「父さんにきたいけど、母さんとの馴れ初めは何処で?」

「裕人が本当に知りたいなら話すけど、母さんには俺から聞いたって絶対言うなよ」

そこには凄い秘密の匂いを感じた。


「初めは・・・・」

バスケを引退から高校卒業した父はパン職人の専門学校へ進学し、某有名な「メロン・カイザー』に二十歳で就職した。

二年の修行期間は基本の食用パン製作から店頭で接客を学び、パンを購入に来た女子大生の母と知り合った。

どちらからの告白や恋人として交際もなく一年が過ぎて、プランスパン・クロワッサンを学ぶ為に父は修行で無期限のフランス研修へ行く事に成った。


親しい友人と思う父に離別する母は最期の晩餐でホテルのレストランへ誘い、アルコールに弱い父に『留学の祝杯』と飲酒を勧めた。


酩酊状態の父を予約した個室に連れ込んだ母は抵抗出来ない父に迫り、母の策略で父と男女の仲に成った。

元々のフランス研修は一年の予定だったが、元々の勘の良さか技術習得に優秀な父は予定より早く半年で帰国した。

父から帰国の連絡を貰った母は喜び空港へ迎えに行き、その姿を見た父は感動より先に驚愕した。


「そのお腹は?」

「槇原君の子供よ、現在妊娠27週かな?」


父がフランスへ旅立つ時には既に母は僕を妊娠していた、らしい・・・

父は二十四歳、母は二十二歳で同棲から入籍結婚して、今の僕が生まれた。

無口で従順な父の容姿は筋肉系イケメン西郷せごどん、笑顔を絶やさない母を天野サヤカさんは鎌倉の政子に似ていると言うが、家族の僕には分からない。


母さんは時効と言うかも知れないが、父さんに酒を飲ませて逆レイプって、昔でも犯罪だよ・・・

とか言っても、母さんのお陰で僕が産まれた訳だし、五体満足に産み育ててくれて感謝します。

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