第138話 商店街の慰安旅行。
年に何回か、円城寺商店街の夫を支える女将さん達を労うイベントが有る。
今年は年末年始休業の大晦日午後から新年三日まで、近場の温泉宿で年越しを計画された。
「今年は裕人が受験生だし、
そんな母の不安に、
「そうだな」
父も同意する。
「僕は三日間くらい独りでも大丈夫だから、折角の温泉で年越しだよ、食べ物さえ有れば平気、でも若しもに備えて少しのお金は用意してくれれば」
僕は尤もな理由を付けて慰安旅行を渋る両親の背中を押した。
「私たちが居ないと里帰りできないから、裕人はお年玉を貰えないよ」
母の言葉に一瞬だけ気持ちが揺らいだ、それでも意見を変えずに、
「正月は受験勉強に集中する積もりだったから、初詣や帰省も予定しなかったし、お年玉は母さんとお父さんに貰うから平気だよ」
「そこまで裕人が言うなら、留守は頼むわよ」
父母を説得できたのが旅行へ出発する大晦日の約一週間前、クリスマスイブ十二月二十四日の日曜日だった。
翌日は灰原中学の終了式で明日から冬休みに入る、当日は急いで帰宅して槇原ベーカリーの年末営業で忙しい両親の代わりに自室から居間、ダイニングキッチン、苦手なトイレは残して洗面所から浴室までの大掃除を済ました。
その日の夕食時に父から、
「時代が変わって、精米店では正月用の伸し餅が売れない、和菓子屋でもお供え鏡餅の予約が少ない、それでも雑煮用にパック餅は売れているらしい」
正月過ぎの七草粥や鏡開きの風物詩は残っても干乾びた鏡餅の処理に困り、伸し餅の購入も控えるらしい。
お供え餅もプラスチック入りがスーパーで並んでいるし、近頃では玄関のしめ縄も見なくなったと母が言う。
「へえ~そうなんだ」
「そうよ、昔は車の前にも締め縄を飾ったり、日の丸国旗を付ける人も居たわよ」
感心した僕の返事に気を良くした母は、幼い頃の記憶から昭和の時代を語る。
「それって特別な団体の人?」
令和の今、日の丸を飾るだけで右寄りの思想と疑われるから、
「違うわよ、普通の市民が祝日に掲げる日の丸と一緒」
母がそう言っても、家の前に国旗を出す一般家庭をあまり、殆ど見ない。
学校から宿題課題が無い冬休みは、午前中に学習と高校入試の過去問題を何度も繰り返し解き、昼食後は軽いランニングと筋トレ、ストレッチを終えて午後から学習効率を上げる為に一時間の午睡が僕の理想的なルーティン。
「裕人、今年はお節料理も用意してないし、本当に善いの?」
母の問いに頷く僕は、大晦日から四日間の食費とお年玉の計一万円を受け取り、
「何処にも出掛けないし、火を使う料理もしないし、母さんがそんなに心配しなくても大丈夫だって」
両親が留守の年末年始が楽しみで不安など微塵も無い僕。
ただ、あんな事に成るなんて想定外だった。
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