第97話 優しさの理由。

勉強合宿の名目で一週間、天野サヤカさんの家でお留守番。

サヤカさんが希望した初めて地元の夏祭りと花火見物へ出かけた翌日。


「裕人君、初めての夏祭りと打ち上げ花火、帰りに歩けない私をおぶってくれてありがとうね、とても嬉しかったけどその優しさが逆に怖い、不安しかないけど理由が有るの?」


そう問われれば、僕に心当たりが無いとは言えない。

元々隠す積りは無いが、天野サヤカさんへ伝えてない事が有るのは事実で、それをどのタイミングで切り出せば良いのか迷っていた。


「そうだね、その理由を聞いたら天野サヤカさんは怒ると思う」

驚かせない様に言葉をオブラートに包んでみるが、NBA選手に成るためのステップで、全国優勝に可能性が高い高校へ進学したい僕の思いが上手く伝わるだろうか・・・


「怒らないから教えて、裕人君」

「怒らないって約束してね、サヤカさん」


「自信はないけど約束するわ」

「それじゃぁ、話すよ」

それは夏休みに入った七月末、中学最後の中体連県予選で敗退した数日後、男子バスケ部の顧問から電話で呼び出された。


「槇原、愛知の名邦めいほう高校から選抜試験セレクションを受けないかと推薦が来たけどどうする?」


愛知の私立名邦高校は野球とサッカー、バスケも全国レベルで近年は優勝こそ無いが全国大会ベスト8の常連校だった。


そんな有名校から僕に声が掛かるとは、正直なところ夢にも思わなかった。

「僕だけですか?」

「そうだ、キャプテンの橋本や内田には来てない」

小柄なバスケ選手のポジションはガードが多く、他校の有力選手が注目されたのだろう。


「何で僕ですか、きっと191cmの身長が理由ですね」

「そうかもな、それで槇原はどうする?」


特待生エリート合格だと優遇されますね?」

入学金と月々の学費、バスケ部の寮費など金銭の負担も免除を期待した。

「まあそうだな、で槇原はどうする?」


「僕の力量を測る積もりで受けてみます」

「その旨は俺から向こうに伝えておく」


そんな流れで僕は私立名邦高校の選抜試験セレクションを受ける事に成った。

「と言う訳だよ、サヤカさん」

「名邦高校って甲子園の常連で私も名前はを知っているけど、裕人君が選抜試験を受けるって聞いてないわよ」


「うん、未だ両親にも言ってないから」

「もし特待生合格したらやっぱり名邦高校へ入学するの?」

地元でバスケ県大会の常勝は青竹高校だが、全国大会レベルで比較すれば、名邦高校の方が遥かに強豪校で過去には好成績を残している。


選抜試験セレクションに何人が参加するか知らないけど、数名の特待生エリート合格が出来れば学費と寮費が免除だから両親の経済的負担も少ないと思う。もし普通の合格なら行かない」


「裕人君が名邦高校に入ったら、いつがお休みなの?」

「文武両道が校風らしい、きっと年末年始やお盆の休日も無いと思う」


「私は裕人君と会えないの?」

「高校卒業までの3年間は難しいと思う」


「酷いよ、それが後ろめたいから私に優しくしたのね」

「そう言う事じゃないけど、結果的にそうだね」


「分かったわよ、私も名邦高校を受験するわ、体育スポーツ科じゃなくても同じ高校なら、何処かで裕人君に会えるでしょ」

「それは無理だと思う」


「私の学力で入れないほどの高偏差値なの?」

「そうじゃないよ、私立名邦高校は天野サヤカさんが出願出来ない男子校なんだ」


天野サヤカさんは大きな黒い瞳を潤ませ、その溢れた涙が白い頬へ流れる。

対面する女性の涙を初めて見た僕は驚きを隠せない。国民的美少女と呼ばれるCMモデルの天野サヤカさんを泣かせてしまった僕の罪悪感は大きく、今は後悔しかない。


「ごめん、僕が悪いからサヤカさんは泣かないで」

「・・・そうじゃない違うの、裕人君の所為じゃなくて・・・」


サヤカさんが涙を零すほどに泣くのは僕の所為じゃないなんて、どんな事なのか何も分からない僕は、サヤカさんのママが言った『女の涙』を思い出すが。


「涙の訳を僕に教えて欲しい」

「う、ううん、それじゃ話すけど、裕人君は私を嫌いになるかも?」


「僕がサヤカさんを嫌いになんてならないよ」

「本当に?」


「約束する」

「あのね、裕人君がアメリカでプロのバスケ選手に成るのを応援しているけど、違う高校で三年間会えないのは寂しくて生きていく自信が無くて、それなら裕人君が選抜試験に落ちればって思うブラックの私に『そんな気持ちを知られたら裕人君に嫌われるよ』ってホワイトの私が言うの、裕人君に嫌われたら私は生きていけない」


僕を責めるより自分中心の思いに嫌悪して、サヤカさんは涙を流したと知った。

「自分を責めちゃダメだよ、僕だってブラックな気持ちは有るから」


「そうなの、裕人君はどんな時に?」

暫く泣いたサヤカさんは頬を濡らした涙を拭いて、僕の話に耳を傾けた。


「バスケは一度にコートでプレイできるのは5人でしょ、試合に出るためにはチームの中で競争に勝たないとスタメンになれないし、試合中でもメンバーとパスやシュートから僕のリバウンドタイミングが合わないと『ド下手クソ』とか思うよ」

「裕人君はそんな時にどうするの?」


「本心は怒っても口では『ドンマイ』っ言うから僕だってブラックだよ」

「それじゃ裕人君は私を嫌いにならない?」


「勿論だよ、逆に僕はサヤカさんを不安にさせた事を謝りたい」

「良かった、裕人君に嫌われるって心配した分だけ倍嬉しい、ねえ裕人君は私の事を好き?」


サヤカさんが訊く『私の事を好き?』は不安の裏返しから、僕に好きと言われてきっと安心したいのだろう。

周りから見たらバスケ選手を目指す中学生の僕と、休業中の人気モデル天野サヤカさんは美女と野獣のカップルにしか見えないだろう。


「僕は『天野サヤカさんが世界で一番好きです』と神に誓います」

「え、そこまで言われたら、逆に恥ずかしいけど嬉しい、裕人君と会えなくなる三年分、今年の夏は思いっきり甘えるから優しくしてね」


「それって僕はサヤカさんの言いなりって?」


「そうよ、裕人君は私に取って愛の下僕しもべよ」

精神的に怖い事と物理的に痛い事は勘弁して欲しいと心から願う。


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