第96話 打ち上げ花火を見上げる。

八月十八日の十九時過ぎ、

パッと花火が、夜に咲いて、静かに消えた。そんな夜空を僕と手を繋いだ向日葵ひまわりの浴衣を着たサヤカさんが見上げていた。


それより一日半前、十七日の午前十時の事。

「裕人君、お昼は何を食べたい?今夜は花火を観覧するから早目の夕食よね」

味は兎も角、その価格の驚く夜店のB級グルメに興味の無い僕は、

「暑くて食欲が無いからお昼は冷やし中華が食べたいけど、夜はレトルトカレーで」

手間いらずのレトルトの中でも僕は八食品の辛口カレーがコスパ的に最高だと思う。


「裕人君は暑い日こそカレーなのね、ところで今日の花火は何処なの?」

唐松からまつ町の川祭り花火だと思う」


県北部の神山かみやま市は昔から杉と桧の林業が有名で、藩主の神山藩ではなく幕府直轄の天領として代官、郡代が治めていた。その名残から今も残る神山陣屋が観光名所として人気を集めている。

神山で伐採された木材を筏で流し、唐松町の川港から水揚げ製材した材木商が富を得ていた当時から町は栄え、地域一の発展を見せて何の由来か地方競馬場も新設された。


それから昭和の終わりにバブル経済の破綻と格安輸入木材の影響から、唐松町の材木商は数を減らし、今は過去に繁栄した町と言われている。


それでも毎年の送り盆に小さい花火大会を開催していたが・・・

「裕人君、ネットで確認したけど、唐松町の花火大会は中止だって」

「え、そうなの?」


経済的理由で今年は花火大会の開催を中止します。

唐松町役場ホームページの告知に僕は戸惑い、サヤカさんは、

「楽しみにしていたのに凄く残念」

暗い表情で独り言の様に零す。


「ちょっとスマホを貸して」

林檎のタブレットに慣れているが、それよりサイズの小さい携帯スマホの操作に戸惑う僕、更に言えばタブレットのOSとスマホのアンドロイドに慣れてない僕を見て、

「何を探すの裕人君、私に貸してよ」

スマホを返したサヤカさんへ、

柳田町やなぎだちょうの花火大会は今年も有るかな、場所は境川の河川敷グランドだと思う」

訪れた事はないが翌日の新聞で、数千人の見物客が約二千発の打ち上げ花火を楽しんだ記事を見た記憶があった。


「あ、柳田町は開催するみたいだけど遠くないの?」

「唐松駅から単線の支線で二駅だよ、折角だよ行こう」


打ち上げ花火の観覧は翌日に繰り越したが当日、今日の朝に次の問題が起きた。


夏のイベント用に白と紺色の浴衣を購入した天野サヤカさんは、夏祭りに白地に赤と青の朝顔柄を着て、花火見物に紺地に黄色い向日葵柄の浴衣を着ると言っていたが、

「ねえ裕人君、花火も朝顔柄の浴衣を着たいけど、やっぱり駄目かな?」

最初の予定を変更したいと言うが、その訳を知りたい僕は。


「どうしたの?」

「うん、お祭りでエミちゃん達と会ったでしょ、あの後にラインで『朝顔の浴衣がサヤちゃんに似合っていて可愛かった』って誉められたの」

女子が言う可愛いは本当に可愛く無くても社交辞令的に誉める言葉で、良くも悪くも無いと男子の僕は思う。


「じゃあさあ、サヤカさん、向日葵の浴衣はいつ着るの?」

「来年のお祭りに着るわ」

今年購入した浴衣を来年着るなんて有り得ないし、それは水着でも同じだと思う。


「来年に今年の浴衣を着る事は無いでしょ、サヤカさんが自分のお金で買った浴衣でも着て貰えないなんて向日葵の浴衣が可哀想だよ」

「だって、紺地に黄色の向日葵って、私には大人っぽくて似合わないよ」


もとより女心に疎い僕だが、成人女性は若く見られたいと思うが十四歳のCMモデルは大人に見られたくないのか、難しいところだと思う。


「それじゃ、向日葵の浴衣を着て僕に見せてよ」

「見せるだけなら良いけど、きっと私には似合わないよ」


別に説得する積りは無いが、ただ単に天野サヤカさんの浴衣姿を見たい。

「ちょっと待ってね」

自分の部屋に戻り、暫くして紺地に淡い黄色いの帯と、濃い黄色の向日葵柄の浴衣を着た天野サヤカさんが僕の面前に立った。


「ねぇ、似合わないでしょ?」

「そうだね、前髪を上げて、後髪もアップにしてみようよ」

幼く見える前髪と肩より長い髪をポニーテイルに要求した。

僕の想像どおり、天野サヤカさんの細い首に白いうなじ、小さな肩幅と白い肌に紺色の浴衣が良く似合う。


「薄化粧でリップだけ鮮やかなピンクを引いて、そうだよ凄く可愛い、僕的にはこっちの方が全然好みだよ」

女子同士の社交辞令的なお世辞と違って、男子のお世辞は下心が有ると言われたら否定出来ないが、今の僕は純粋に髪を上げた天野サヤカさんを綺麗だと断言できる。


「本当にこれが良いの?あ、裕人君は熟女好きだから大人っぽい浴衣が好きなんだ」

「そうだよ、その浴衣を着たサヤカさんと手を繋いで歩きたいな」


「裕人君がそこまで言うなら、着ても好いけど、花火見物では手を離さないでよ」

その場の勢いで褒め称えて、向日葵柄のお蔵入りを阻止することが出来た。


予定どおり私鉄で唐松駅から支線で柳田町駅へ向かい、徒歩で花火会場の河川敷グランドを目指した。

もちろんはぐれないように僕と天野サヤカさんは手を繋ぎ、人波と同じ方向へ進む。

両親に連れられた小さな子供が『花火が楽しみね、あの綺麗なお姉さんの浴衣は向日葵だね』と噂されて恥かしいのか、僕と手を繋ぐサヤカさんは少し俯いた。


他にも浴衣を着た女性の二人組が天野サヤカさんに注目して、

「あの向日葵の浴衣を着たって、CMモデルの天野サヤカさんじゃない?」

「違うよ、学業優先で休業しますってテレビで言ってたでしょ、それにこんな小さな打ち上げ花火に来るわけが無いからよく似た別人よ」


子供の誉め言葉と女性の雑談が追い討ちのように、サヤカさんは更に深く俯いた。

仕事でCMの撮影ならカメラの前で堂々としていると思うが、一般人に混じって歩く中での噂話は苦手なようだった。


特別有料観覧席など無いローカル花火、縁日の夜店が出ているが充分な食事を済ました僕達はB級グルメに興味が向かない。

それでも夏の熱帯夜と人混みの熱気に顔と身体が火照り、サヤカさんはミルクイチゴ味の、僕は宇治抹茶味のカップ氷を購入した。


ヒュ~・・・ドン、ヒュルリ~ドンドン、真ん丸や土星かUFO型の、幾つも大きな花火が夜空に咲いて、見物している人の顔を明るく照らした。


「綺麗な花火ね、裕人君」

「大きくて綺麗な花火だね、サヤカさん」


「そこは違うよ、カップルで花火を見た時は男性が『花火より君の方が綺麗だよ』って言うのが女性へのマナーよ」

その台詞は女性に取って定番のお約束なんだ、ここで一つ勉強に成った気がする。


「花火よりサヤカさんの方が綺麗だよ」

「私から言われる前に裕人君が言って欲しかったわ」

言わせておいてそれは無いでしょ・・・


「花火をご観覧中の皆様へ、ここでメッセージ花火のコーナーです。どうぞ御拝聴して下さい」

男性司会者の声が花火会場に響く、え、メッセージ花火ってなんだ?僕の経験に無いイベントが始まるのか、手を繋ぐサヤカさんも『何が始まるの?』とキョトンとしている。


「一番目は柳田町の山田和也さんから妻のヒロ子さんへ『ヒロ子さん、結婚してくれて有難う、子供が産まれたら来年の花火は三人で来よう、ヒロ子さん愛している』なんて素敵なメッセージですね」

多くの見物客に幸せをアピールするメッセージを花火に添えて贈るのがメッセージ花火なのか、僕は初めて知った。


「次のメッセージは匿住所のヒロキさんからサヤ子さんへ『サヤ子さん、愛しています、僕と結婚してください』これも熱いプロポーズ・メッセージですね」

それから数秒、遠くから女性の『こちらこそ宜しくお願いします』大きな返事が聞こえて、

「ヒロキさん、サヤ子さん、末永くお幸せに~」

男性司会者の祝辞に会場内から拍手が上がった。


「打ち上げ花火に合わせてがプロポーズするなんて素敵ね、憧れちゃう」

うっとりと天野さんが感動しているけど、サプライズのプロポーズ花火ってきっと僕なら思いつかない。


全国花火大会では二万発の規模でも、小さな花火大会ではその十分の一、二千発の打ち上げ花火で終了した。


花火が終了した二十一時、其々の家路に向う見物客と駅まで歩く僕と天野さん。


柳田やなぎだ駅から唐松からまつ駅で本線に乗り換え、最寄の嘉納かのう駅で降りて天野さんの家までの道中、


「裕人君、足が痛くて歩けない」

慣れない下駄の鼻緒で痛みが出たのか、それとも浴衣で歩き疲れたのか、兎に角歩けない天野さんを放置出来ない僕は、


「恥かしくないなら僕のおんぶで帰る?」

「え、本当に善いの?」

以前の野外学習で足を挫いた佐藤あいさんを僕に背負わした天野サヤカさんは自分の事だと躊躇ためううらしい。


「僕は平気だから、サヤカさんは心配しないで」

「それじゃ、遠慮なくお願いします、重かったら言ってね」


CMモデルのサヤカさんは推定身長162cm、一般女性なら体重は50kgを超えても普通だと思う、しかし肩幅も小さく、腰と手足も細いサヤカさんは40kgの小麦粉袋よりかるく感じる。


「とても軽いよサヤカさん、それよりも身体に筋肉が少なくて心配する」

特に部位を指すつもりは無かったが、サヤカさんを背負う僕は彼女の臀部に手を当てていた。


「私のお尻を触って言うなんて裕人君のエッチ、こっちを刺激してあげる」

僕の背中におぶさるサヤカさんは前傾して、その柔らかい両胸の膨らみを僕の背中に押し付ける。


「それは駄目だって、歩けなくなるから」

僕の全神経が背中に集中して、体中の血液が海綿体を充血させる。


腰を折り曲げて天野さんの家に到着し、玄関でサヤカさんを降ろして、僕はトイレに駆け込んだ。

日常の自慰行為でなく、放尿で股間の高ぶりを収めた僕へ、


「裕人君、私の身体で興奮してくれたなら嬉しいわ」

そんな悪戯は勘弁して欲しいが、それより恥かしくて文句の一つも言えなかった。

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