第57話 男女の友情。

季節は二月の中旬に受験に挑む三年生は私立高校の入試が終わり、単願と併願の合否が下級生の僕たちにも伝わってくる。

市内の公園から甘い香りと、地元の新聞社が協賛する梅まつりに春の訪れを感じる


バレンタインデーの翌朝、バスケ部の朝練後に僕を悪友の橋本ハッシーが呼び止める。

槇原マッキー、昨日はチョコレートを幾つ貰った?、自慢じゃないが俺は5個だよ」

それは自慢だろと思いつつ、

「へえ~凄いな、さすが橋本ハッシー


僕なりにお世辞と言うより皮肉を込めて答えると、

槇原マッキーに誉められても嬉しくないよ、きっと天野サヤカさんから本命のチョコが一個だろ」


そうだよ、バレンタインデーに天野さやかから贈られた黒石のように硬いチョコレートは、思春期の成長に影響しないノンカフェインらしいが・・・

どうやって消費しようか考えていたが、その形を見て毛筆のすずりを想像しながら、キッチンのおろし金で削りホットミルクに溶かしたチョコレートドリンクで美味しく頂いた。


「そうだ、僕は天野さんの一個だよ、だから五個貰った橋本の方がモテる」

「う~ん、それだと質より量かな、あ、そうだ槇原マッキーに質問だけど、チョコを貰った五人と俺は付き合うべきなのかな?」


おいおい、橋本には女子マネの吉田サユリさんと言う彼女が居るだろう、五人と付き合うなんて浮気はトラブルが見えている。

「橋本、お前の為に言うけど吉田さんには『五人の女子からチョコレートを貰った』って報告しろよ」

「え、やっぱり彼女の吉田サユリさんに言わなきゃダメか?」


「ああ、後々のトラブルよりその場で嫉妬される方がマシだろ、モテる橋本ハッシーは苦労するよな」

「まあな、それでも槇女マキジョみたいに俺もファンクラブの『橋女ハシジョ』が欲しい」

槇女は天野サヤカのファンクラブ的なグループで、橋本ハッシーの勘違いだ

よ・・・


更にバレンタインデーの翌々日、授業間の10分休みに仲が良くなった男女で会話する光景を見るようになった。

朝の校内放送で『週末、土曜日の午後から卒業式と入学式の為に体育館を専門業者がコーティングします、日曜は全ての屋内部活動を休止、来週は市民体育館を使用してください』と告知された。


年間に何度も無い部活休みに加えて僕の家では、と言うより『二月八月は暇』と閑散期に円城寺商店街の恒例行事、店主の夫を支える『内助の功』の妻を労う商店街夫人部の温泉旅行が週末の土日に開催される。

勿論、殆どの店主<夫>も妻たちに同行して片道3時間ほどの某有名な温泉地へ1泊2日で出かける。


「裕人、留守する二日間は大鍋にカレーを作り置きするから食べてね」

それが母から唯一の伝言で、僕は土日の朝昼晩がお替り自由のカレーライスで不満は無い。


土曜の午後から日曜まで、バスケ部活と両親が居ない自由な時間を楽しみに待った。


土曜の午後はカレーライスで満腹に成り、携帯スマホは無いが、リンゴマークのタブレットでNBAアメリカバスケと、大人の無料動画を見て一人エッチして、そのまま昼寝をしようと楽しみに週末を待った。


土曜のバスケ部活が十二時に終わり帰宅を急ぐ僕へ、女子バスケの松下エミさんが、

槇原マッキー、午後一時にロンキホーテの前よ、忘れてないよね?」

塩辛お握りをくれた松下エミさんとバレンタインの約束をすっかり忘れていた。


「うん、もちろん憶えているけど、どこかに行くの?」

「そうよ、その時は私をエミって、恋人みたいに呼んでね」

学年で男子から一番人気が有る女子を下の名で呼ぶ、しかも呼び捨てを慣れてない僕は難題に気後れする。


「う、うん、分かった。13時だね、格好はジャージで良いかな?」

「中学の芋ジャージは勘弁してね」

松下さんの用件を済ましたら速攻で帰宅して一人エッチと午睡を楽しみにした。


それから小一時間、帰宅後一番にシャワーを浴びて、母が作ったカレーライスを食べ、レイカーズの青と黄色の上下ジャージを着てナイチのストリート用バッシュを履いて家を出た。


僕の足で人が集まる繁華街のロンキホーテまで10分と少し、中学では目立つ松下エミさんを探してみるが、行き交う人の多さで見つけられない。


「ヒロ君、こっちよ」

僕を呼ぶ綺麗な女性が右手を振って合図するが、その隣には大学生風の男性が二人で僕を見る。

中学で見る松下エミさんと違って頬がピンク、まつげが上を向いて目が大きくメイクした顔は別人の大人に見える

「エミさん、今日は友達と一緒なの?」


「違うわよ、彼氏と待ち合わせって言うのに、ヒロ君が待たせるからナンパされたのよ」

状況を説明された僕は少し安心すると同時に、松下エミさんをナンパした大学生風の小柄な二人を威嚇する積りは無いが凝視した。


「彼氏君、怖い顔しないでよ、少しだけ彼女と話しただけだよ、じゃぁねぇ」

ロンキホーテ前の広場はナンパで有名だと僕でも知っている。


「エミさん、なんでこんな人が多い所を待ち合わせに選んだの?」

責めるより、注意する僕へ、

人気ひとけが無い所だとナンパより拉致されるのが不安でしょう?」

まさかの返事にもっもだと思うが、綺麗にメイクしたエミさんなら変態男にさらわれて不思議じゃない。


「そ、そうだね、これから何処に?」

「サロンよ」

サロンって、大人の男性が綺麗な女性ホステスさんとお酒で持て成される夜のお店なのか・・・


「僕達は未成年でお酒を飲めないよ」

正直な言葉が出た僕へ、

「バカねヒロ君、私が小さい頃からお世話に成っているヘアサロンよ、付いて来てね、それと彼の振りもお願いよ」

言われるまま松下エミさんと並んで歩き、少し離れた美容院のドアを開けた。


僕とエミさんを見たヘアサロンの美容師らしき妙齢の女性は、

「まあ、エミちゃん、いらっしゃい、そちらが噂の彼氏でしょ、本当に大きい子ね」

ここで僕は松下さんの彼氏を演じる使命を感じた。


「ユミ先生、他のお客さんとスタッフさんが聞いているから恥かしいです」

お洒落なヘアサロンでは美容師を先生と呼ぶのか、僕が利用する商店街の理髪店は太った店主のオジサンで、歯科医の様な白衣を着てもお肉屋さんに見える腹周りにボタンが飛ぶんじゃないか、楽しみに見ている。


「始めまして、ええっと?」

「彼氏のヒロ君でしょ、ストーカーに体当たりでエミちゃんを守ったって聞いたわ、羨ましい」

独身のユミ先生はエミさんのママと高校時代からの親友で、自分の娘のようにエミさんを可愛がり、ずっと髪をカットしてきたと言う。


僕は何処どこまでニセの彼氏を演じられるのだろうか、今は不安しかない。



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