第151話 公立高校受験日。

公立高校受験当日の三月五日は朝から肌寒い曇りだった。

今にも雨が降り出しそうでサヤカさんのママ、エミリさんは地元テレビ局の朝番組で気象予報士が伝える降水確率を気にしていた。


そんな受験日の前々日前にエミリさんは、

「裕人君はバスケの公式戦に挑む朝は何を食べるの?」

何気ない一言で試合前の朝食を尋ねた。


「え、そうですね、直ぐエネルギーに変わるパスタなら、一番好きなぺペロンチーノよリナポリタンを食べます」

よそ様の家で朝食をリクエストする積りもなく答えた僕へ、


「具材はウインナーと玉ねぎのナポリタン?」

「そうですね、ゲーム前はトマトケチャップの甘さもエネルギーに成りそうで」


それから受験日に使う積りで自宅から自転車マイチャリを天野さんの家に持ってきていた。


受験日の朝食はナポリタンとコーンクリームスープを頂き腹八分に満たし、今回の受験合宿で体調万全の僕は、自己免疫力を向上させるエミリさんの手料理に感謝しかない。


「はい、これ御弁当ね、『試験に勝つ』の意味でカツサンドとノンカフェインの紅茶よ」


「何から何まで有難うございます」

緑茶も含めてカフェインを避けている僕の為に、エミリさんが用意してくれた御弁当も有り難い。


「ママ、私も裕人君と同じカツサンドと紅茶なの?」

「食の細いサヤカはハムと玉子サンドにレモンティーでしょう」

母の気配りと言うか、エミリさんは娘のために具材を選択する大人の女性で、僕は感心するしかない。


「これも忘れずに持ってね」

高校入試に大切な受験票と筆記用具以外に、使い捨てカイロとチュアブルの下痢止め、更に消しゴム三個を僕とサヤカさんに手渡す。


試験会場が寒くて本調子を出せないと困る為にカイロ、急な腹痛に下痢止めは分かるが、

「消しゴム三つって?」

そう質問した僕へ、


「もし試験中に消しゴムを落としたら手を上げて試験官を呼ぶでしょ、そんなの時間の無駄と問題に集中出来ないでしょう、だから消しゴムを二個落としても拾わず、そのテスト科目が終わってから拾うのよ」


「なるほど、ですね」

「ママ、凄い」

消しゴムを落とす想定外のアクシデントに戸惑わない対策に僕とサヤカさんも納得した。


「それと、寒くなったらオヘソ下の丹田たんでんに使い捨てカイロを当てると効果的よ」

それが冷えた身体をカイロで温める術なのか、大人の知恵だ・・・

これは後日知った、冷え性の人は丹田を暖めると良いらしい・・・


サヤカさんは早めに自宅を出発して、青竹高校から白梅高校へ出願変更した僕は同級生達に会わないように自転車で遠回りして試験会場へ向かった。


白梅高校の北口正門から指定の教室へ入る受験生と別に僕は西門から駐輪場へ、中学毎に出願した受験生と後日出願変更した僕の試験教室が離れている事も幸いだと思う、結構気にしいの自分にヘタレかビビリと自虐した。


午前中に三科目、昼食時から冷たい雨が振り出し、午後から二科目のテストを終えて白梅高校の西門から帰路に着いた。


受験合宿の成果なのか、入試問題の八割は解けたが自信の無い問題でも空欄を埋めた。

そう言えば、サヤカさんが何処の高校を受験するのか訊いてなかったと思い出した。

同じ三年四組の級友でも全員の受験する志望校を訊けないし、逆に訊かれても答えたくないのは誰もが同じだと思う、人付き合いが上手でお調子物の橋本ハッシー以外は。



今朝、出発前の僕にエミリさんから、

「今日の入試が終わったらこの家に帰って来なさい」

僕の着替えとか私物が有るから判らなくも無いが、二週間近くお世話になったエミリさんに逆らえるはずもなく。


「えっと、僕は荷物を持って直ぐに帰宅します」

「ダメよ、今晩は裕人君とサヤカ、私を含めた三人で受験ご苦労様会を開くわ」



それは大人で言う所のイベント打ち上げか謝恩会なのか、そこは申し訳無いと思う僕はエミリさんの言葉に従うしかなかった。


小雨が降る中を白梅高校から天野さん宅に自転車で十六時前に到着、インターフォンを押す僕を迎えたエミリさんは、

「裕人君、雨に降られたの?早くお風呂に入って温まりなさい」


それは実の母が僕へ言うような言い返せない言葉に従い、三月の雨で冷えた身体を温めた。


受験で着用した制服から部屋着に替えた僕へエミリさんは、

「ゴメンね裕人君、サヤカは吉田サユリさんと会うから夕食に遅れるらしいわ」

県内一番の黒松高校を受験する吉田サユリさんと、何処を受験したのか聞いてない天野さんが試験後に待ち合わせるとは、その意味も知らない。


そんな事よりもエミリさんの美味しい料理と、客間に敷かれた大判の布団は揺れるベッドと違い、隣に誰か寝ていても安眠できて万全の状態で受験日を迎えられた。

それを伝えたい感謝の気持ちと、二人きりの状況で、


「あのエミリさん、今日まで本当に有難うございました」

「え、なに、裕人君、急にあらたまって?」


「自分の家だったら、忙しい母が作る時短料理に足が出る短い掛け布団と、入試に消しゴム三個とカイロ、もしもの薬の備え。エミリさんの気配りに感謝しかないです、何か僕の出来る事なら言ってください」


「お礼なんて期待してないから、裕人君が気にしないで」

僕の母なら『感謝するなら肩と腕をマッサージして、序に足と腰も』とか『お米をキッチンに運んで』など用事を言いつける。


「僕の気持ちです、何か望んでください」

意地を張る積りは無いが、受験合宿で持て成されてばかりで申訳ない僕のお願いに、

「そこまで言うなら、裕人君に『お母さん』と呼んで欲しい」


前にエミリさんから聞いた、サヤカの下に一人男子が欲しかった会話を思い出して、

「お母さん、美味しい料理を作ってくれて有難う」

小学生が母の日に言うような幼い言葉しか浮かばないが、感謝が伝われば照れ臭くない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る