第160話 きみのパパとママは。

僕にワッフルを作り方を尋ねてきた幼い少女へ、

「きみのパパとママは何処なの?」


僕の質問に少女は、

「あっちに」

即答する先のテーブルでは茶色い飲料を楽しむ少女の両親らしい夫婦。

夕食バイキングと別料金オプションの飲み放題に集中して、子供の存在を忘れているのだろう。

アルコールに罪は無いが飲酒のマナーを忘れてはならない、旅の恥はかき捨てとは言わないが、きっと元を取る為に必死も想像できるが。


ワッフルメーカーの『熱くなるから大人と』注意書きを読める少女に同情よりも感心して、

「そうだね、僕と一緒にワッフルを作ろうね」

器具の加熱に注意した僕は取っ手を持ち上げて、

「ここにワッフル生地をお玉で入れて」

「はい、こうですか?」


「うん、上手だね」

「カップ麺みたいに三分待つの?」

作り方の説明書きも読解している少女へ、

「漢字も読めるの?」

「うん、学習塾で学んでいます」


小学校の年から塾通いに意識高い系の母親と思うが、絶賛飲酒中のギャップにこれも個性か個人差だと思う。


キッチンタイマーで焼き上がりの三分を測る少女、その横で見守る僕は微妙な香りの変化に気付いて、

「もう焼けているね、上蓋を開けないと焦げるよ」

「三分まで未だです」


その前に僕が使用して余熱が残るワッフルメーカーは、マニュアルの三分より早く焼きあがるはずで、

「焼けたクッキーかパンケーキみたいな甘い匂いがするでしょ」

完成を疑う少女の白皿へキツネ色に焼けたワッフルを乗せた。

「きみは何をトッピングするの?」


「本当に焼けているね、お兄さんなら何と一緒に食べるの?」

僕なら・・・あ、そうだ、閃いた。


焼けたワッフルにチョコレートペンでストライプを書き、その横にスライスカットされたメロンとパイン、ストロベリーの横にソフトクリームを添えた。


「お兄さん、フルーツの三色はきっと交通信号ですね」

幼い少女の言葉にそんな積りのない僕は、

「そうだね」

思わず照れ隠しでそう答えた。


ワッフルとフルーツの乗せた白磁を持って少女は家族が座るテーブルに戻って行く、これで僕も天野サヤカさんが居る席に戻れると思う所に、


「私もあの子と同じのを食べたいです」

僕が振り返ると前の子より小さい少女、より五歳か六歳の幼女が僕の顔を見つめる。


あ、そうね、解ったからその先は言わなくていいよ、とアイコンコンタクトで返事をする。

三回目のファフル作りは手馴れた物で、マニュアルの三分より早く二分で焼き上げて、カットフルーツとソフトクリームを添えて、焼く上がりを待つ幼女へ差し出した。

「お兄さん、ありがとう」

簡単な礼を言って自分のテーブルに戻る幼女を見送り、ワッフルメーカーのガイドから解放された僕の顔を前の少女が凝視して、

「もう一度同じのをお願いします」

「え、どうしたの、あのワッフルを床に落としたの?」

僕の疑問に

「いいえ違います、テーブルに戻ったら弟が同じ物を欲しいと言うから、私のを弟にあげて、同じのをもう一度作りたいです」


推定年齢六歳の少女がワッフルを強請る弟にワッフルを譲り、自分の分を後回しにするとは、小さいのに立派なお姉ちゃんに僕の涙腺と目頭がウルウルする。


「そうだね、優しいお姉ちゃんの為に心を込めてワッフルを焼くね」

兄妹の居ない僕には幼い姉の優しさに答えたい気持ちでいっぱいになる。

「お兄さん優しいですね、美人の彼女さんは幸せです」


少女は僕のテーブルに座る天野さんを見てお世辞か本心なのか男の僕は理解できない。


その頃の天野さんは隣のテーブル席に座る中年夫婦らしき女性から、

「貴女の彼は優しいし、子供が好きみたいね」

見ず知らずの人から訊ねられて戸惑うよりも、

「ハイ、ビジュアルは怖いけどとても優しい彼です」

恥かしさも無く、そう答えたらしい・・・


「所で今日の旅行は?」

僕との関係を訊かれた思う天野さんは、

「はい、挙式は未だ先ですけど、今回は婚約旅行です」

女性の顔を正面を見てキッパリと答える天野さんへ、


「まぁ学生で婚約なんて素敵、大学を卒後してから挙式披露宴ですね」

僕と天野さんを大学生と勘違いする中年女性へ、

「そうですね」

と答える天野さんと大人顔の僕を未だ中学生とは思わないだろう。


貴女あなた、テレビCMに出ている女優さんに似ているね」

「風邪薬のアレですね、よく似ているって言われます」


後から聞いた僕は偶々隣席した宿泊客に平然と会話できる天野サヤカさんのコミュ能力に驚いた。


夕食を終えた僕と天野さんは部屋に戻り、

「裕人君、幼女と仲良くしていたね、あの子もストライク・ゾーンなの?」

天野さんの嫉妬から質問なのか、それとも冗談なのか判断出来ない僕は、

「熟女好きな僕にロリコンみたいな冗談は笑えないよ」


冗談で済ます僕へ、

「私の気持ちも知らないで、ムカつく」

え、なんで怒るの・・・


「ゴメン、僕が納得できるる理由を説明して」

この時点で地雷を踏んだと僕は想像出来なかった。

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