第120話 親友。

スーパー・カメスエで焼き芋を購入した翌日の朝も、僕はチャリで天野さんを迎えに行く。

チャリとは自転車のことで、標準語と思っていたがどうやらこの地方の方言らしい。

そして両親の世代では自転車をケッタと言い、祖父母の世代はケッタマシンと呼んでいたと聞かされたが、人力の自転車をマシンと呼ぶ摩訶不思議な昭和の時代。


最初は七時四十分に天野サヤカさんを迎えに行ったが、『女子は前髪が命』の理由で十五分以上待たされて、近頃は八時前後に到着するように自宅を出発した。

今日は僕の準備が早く整い、七時四十五分に天野さんの家に到着した。きっと待たされると覚悟してインターフォンを押すと、

「は~い、裕人君、今日は早いね」

ママのエミリさんでなく、サヤカさんが玄関に出てそのまま僕と登校する。


「今日は早く前髪が決まったの?」

僕は何の疑いも無く単純に訊いた。


「え、まぁそうね」

少し照れたように答える彼女へ、

「いつもよりお肌の艶が良いみたいだし、ご機嫌かな?」

これも会話の流れからで、この話題に何の根拠も無い。


「裕人君、その質問ちょっと意地悪よ」

「え、怒らせたならゴメン、でも何で?」

天野サヤカさんは頬を赤くして、

「昨日食べたお芋のお陰で今朝のお通じが良かったのよ」

以前の天野サヤカさんは僕に『私は便秘じゃない』と言ったがお腹の調子は不安定らしい。


「それは健康的で良かった、そもそもサツマイモは食物繊維が豊富でお肌にも善いらしいからね」

「裕人君がそこまで言うなら今日の帰りもカメスエに寄って、私の代わりにお芋を買ってくれるよね」

ここで始めて僕は地雷を踏んだと気付いたが、これも口は災いの元、自業自得と諦めて天野さんの求めに従った。


それからは灰原中学までは取り留めの無い話で登校した。生徒用下駄箱の前で何かに気付いた天野サヤカさんは、

「裕人君、三組まで送らなくて良いから先に行くね」

僕より先に上履きへ履き替えて自分の教室へ向った。


それを不思議に思う僕へ下駄箱の死角から、

「おはよう槇原君、あの絵が完成したから放課後にでも見に来る?」

それは美術部の女装男子、小柄な橘葵くんで、僕をモデルにした『群青の魔人』をお披露目してくれるらしい。


「是非に見せて欲しいけど、放課後は用事が有るから昼休みで駄目かな?」

「勿論、大丈夫だよ、じゃあね」

一言二言の会話で橘君は三年生の教室が並ぶ校舎の二階じゃない、保健室の方へ歩いていった。


午前の授業終了が待ち遠しく急いで給食を済まして、誰よりも早く昼掃除を準備した。

クラス全員での教室掃除は十分足らずで終わり、急ぐ僕は誰より先に四組を出た。

槇原マッキー、急いでトイレか?」

後から橋本が僕を呼ぶが、

「そうだ」

と振り返りもせずに早足で歩く。

「俺も行くよ」

過去に何度かトイレを理由に橋本の誘いを断ったが、その時は美術部室へ行っていた。それを後から知った今日の橋本は追いかけてくる。


トイレ前を通過して歩く僕へ、

「やっぱりな、そうだと思った」

得意気な橋本は僕と並んで廊下を歩き、美術部室のドアを開いて入室した。

目の前には縦1m、横80cm近い水彩画が、その中心には群青の翼を持つダークグレーの裸身、その背景は真っ赤に燃える廃墟と沈みゆく鮮やかな夕日。


「これは凄いな、槇原マッキーがこの絵のモデルなのか?」

僕より先に橋本は感じたままを口にする。

「そうだよ、最初はダビデをイメージしたけど、描き進むうちにこう成った」

橘君に浮かんだイメージで絵画を完成させたらしいが、絵心が無い僕には理解に苦しむ。

「もしも良ければ、この絵について説明して欲しい」

作者に絵画の真意を尋ねるなんて失礼と思うが。

「そうだね、モデルに成ってくれた槇原君だけには解説するよ」


この水彩画は、東欧の大国が小さな隣国を力づくで併合しようと侵略した。小さな隣国を支援する国から武器援助も有り紛争が長期化、一般市民の犠牲は増えるばかり。


それをうれえる天界の神が紛争解決の為に戦いの魔人を地上へ降臨させた。

神に取って争う国に正義と悪の区別無く、魔人は両国の全兵士を殺戮して市民の平和を取り戻した街が夕日に染まる光景。


そこまでが橘葵君の解説として僕と橋本は聞いた。

「群青に驚かなかったが、これはマジで感動する、槇原マッキーに共感する」

野次馬の橋本が感動を覚えている内に僕は、

「これをあの展覧会に出品するの?」


「そこなんだよね、描きはじめは宗教画っぽかったけど、完成したら政治色が強い反戦画みたいで、あれに出すのは辞めようと思う」

「あのバンクシーだって反戦画を描いているけど、橘君が決めたなら仕方無いね」


「その積りだけど、槇原君に一つ訊いても良いかな?」

「僕に分かる事なら何でも」

将来の有名画家から質問される僕の心に緊張が高まる。


「僕と槇原君はビジュアルが違うけど通じる物が有る、あえて言えば孤高かな、失礼と思うが友達は多くないよね?」

橘君の言うとおり、僕は友達が少ない、しかしそれがどうした、気にする事じゃないと常々思う。


「そうだね、多くの友達より一人の親友が居れば充分、僕の親友はこの橋本ハッシーだよ」

「友人は数より質と言うことね、僕は孤独なボッチだから槇原君が羨ましいよ」


「橘君は孤独じゃないよ、少なくとも僕は君の親友に成ろう、そして芋づる式に橋本ハッシーも君の親友だよ」

「え、本当に?こんなセーラー服を着た女装男子の僕でも?」

驚く橘君と同じ様に驚く橋本は、

「芋づる式で俺も?」

正直な疑問に僕から、

「あぁ、この絵を見て感動した橋本ハッシーも橘君の親友だろ?」


槇原マッキーが言うならそう言う事にするか」

昼食休み終了のチャイムが鳴り、僕と橋本は三年四組に戻り、橘葵君は保健室へ向った。

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