第66話 新年度。

四月から僕達は中学三年が始まる。

入学式と始業式まで体育館を使用禁止されていた僕たち男子バスケ部は朝練を行うことができなかった。

通学途中で見る小さな体にランドセルを背負うピカピカの小学1年生が、アヒルのように可愛く見える。

そして僕達の灰原中学では、今年の新入生から紺色のブレザータイプに変わった制服も初々しい。


『男子の学ランは海軍将校、女子のセーラー服は水兵の衣装だ』とモンペの苦情から数年越しで新制服に変更されたらしい。

それならばいっそ私服着用を可能にすれば問題無いと思う生徒、公立中学では其れも如何なものか、制服業者の利害も含めて大人の事情から紺色ブレーザーの制服変更に落ち着いたらしい。


新2年生となったバスケ部の後輩も先輩の自覚が出てきたのか、妙に落ち着いて見える。

運動部の3年生は夏休み前の中体連で引退し、その後の僕達2年生が部活内で上級生の自覚を持っていた。


そしてどの部活にも属さないヤンキー系の生徒は上級生のヤンキーが卒業するまで大人おとなしくしていたが、4月からの新年度では自分の存在をアピールしたいのか、大きな声を上げて虚勢を張り、周りの生徒を威嚇する様に校内を徘徊していた。


中学の部活や学力で目立つ生徒に喧嘩をふっかけ、自分は強さをアピールしているつもりらしいが、そんな茶髪ヤンキーの2人組が僕を見て、

「おい槇原、お前らバスケ部は女子と仲良くして調子こいてんな?」

運動系部活の生徒は問題を起こすと、謹慎から休部退部を避けるために喧嘩を売られても決して買わない、其れを知っているから威勢が善い。


「僕が気に入らないなら頬を一発だけ殴っても善いぞ、その代わりに他のバスケ部には手を出すな」

「ほぉ〜槇原は肝が据わっているな、そこまで言うなら殴らせもらう、後から文句は言うなよ」

普段の付き合いもなく、これまでに同じクラスになっても無いヤンキーの名前など知るはずもなく、顔に二発だけ食らえばそれで事は済む。


自分でも驚くくらい冷静な精神状態を保つ、そんな場面にもう一人の金髪ヤンキーが登場、

「おいお前ら、どうした、何が有った?」

その口ぶりから明らかに格上の態度に茶髪の二人は、

「あ、かっちゃん、いまからデカイ顔をしてる槇原を絞める所だよ」


「え、バスケ部の槇原だと、止めておけ」

金髪のリーダーヤンキーは僕を殴りたい仲間の茶髪二人を止める

「でも素直に殴らせてくれるらしい」

気が大きくなった茶髪ヤンキーは制止する金髪のリーダーに従わない。

「槇原はマジでヤバイから、それに俺の友達だ」


「勝ちゃんの友達なら仕方無いなぁ、勘弁してやるか」

おいおい、僕がいつからヤンキーリーダーの友達になったのか、心当りなんか一ミリも無いが、殴られずに済むなら何も言わない。


金髪ヤンキーと茶髪ヤンキー二人は背中を向けて去った。

遠く離れた場所から多くの生徒が見ているなか、新二年生で次期キャプテンの白川が、

槇原マッキー先輩、殴られなくて良かったけど、始業式の前から災難でしたね」

「あぁ見てたのか、誰にも言うなよ」


「はい、自称 はまぐりの白川『槇原マッキー先輩がバスケ部を守る為に犠牲になった』なんて口が裂けても言いません、安心してください」

こいつは社交的で調子が良く、何処どことなく橋本ハッシーに似て、口が固い蛤よりバカ貝に近いだろうな・・・


朝からトラブルを憶えておくのも無駄で、記憶の中から消去イレースする。


三年生の教室が並ぶ二階の廊下に張り出された名簿から、自分の名前を見つけてクラスに入る。

そこには先に来ていた橋本ハッシーが居て、

「ようこそ槇原マッキー、遂に親友と同じクラスに成れた、運命の神様へ俺の思いが届いた気分だ」

いつもの橋本ハッシーを見て『こいつはバカ貝だな』と心の中で笑った。


このメンバーで卒業まで過ごす三年四組の三十八人、その三分の一くらいが一年二年のクラスメイトで、始めまして話す生徒が二十五人くらい居た。

「槇原君が私を知らなくても、私はバスケ部の槇原君を知っているよ」

「僕もそうだよ」

有名人の自覚は無い僕にその言葉は恥かしい限りで、

「ゴメン、元々、僕は人見知りだから」

それが精一杯の返事だった。


「大丈夫だ、俺の親友、槇原マッキーは今日からみんなと友達だから心配ないって」

社交的な橋本ハッシーのお陰で気不味いクラスの雰囲気が明るくなった。バカ貝と思ってゴメンな・・・

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