第162話 神宮参拝の作法。

旅行二日目の朝、未だ寒い早春の朝、空調エアコンのお陰で半裸の僕とセクシーランジェリー姿の天野サヤカさんは、

「おはよう、裕人君、初めてこんな時間まで熟睡できたわ」

心地良く目覚めて、長年の短時間睡眠ショートスリーパーが解消されたらしい。


僕が見た枕元のアナログ時計は7時を指している、いつもならもう少し寝ていたい。

「裕人君、朝風呂に入ってから食堂レストランに行きましょう」


チェックイン時に朝食は七時から九時まで時間制限の無いモーニングバイキングと聞いていた。

急いで部屋風呂の湯船に浸かる全裸の僕と天野さんは、

「裕人君、それは朝起ちなの?」


「朝起ちは治まったけど天野さんの所為で反応したんだ」

「え、私の魅力で大きくなるって、ふ・ふ・ふ・嬉しいな、本当に新婚旅行みたい」

二人だけの会話を他人に聞かれていたら、絶対に馬鹿ップルだと思うだろう・・・


「そうだね天野サヤカさん、それでもお腹が空いたよ」

「裕人君は花より団子ね」

個人差は有るが食欲と性欲は比例する、更に僕が好む睡眠欲が人間の三大欲求らしい。


夕食と同じレストランで昨日と同じテーブル席に座り、朝は夜と違うバイキングメニューを見て、最初は和食ゾーンから主食の白米に合せ味噌汁、サバ切り身の塩焼きとイカの塩辛、めかぶと山芋に納豆の粘々トリオ、ブロッコリーとトマトの生野菜を盛り付けた白磁の皿へ卵焼きを乗せる。


「私、朝は弱いから多くは食べられない」

元々小食の天野サヤカさんは女子が言う低血圧なのか、

「一日のエネルギーに成る朝ごはんを食べないと体に良くないし、栄養が偏るパン食より栄養バランスの良い和食をお勧めする」

テレビで見る専門家と意見を拝借して、知識を自慢してみる僕へ、


「へえ~、ベーカリーの息子がパン食を否定するの?」

パン食は手早く朝食を済ませられるけど、今朝みたいに副菜の品数が多いなら和食を選ぶし、朝もバイキングだから和食を完食したら、次はパンの洋食モーニングにチャレンジする積りだよ・・・


「裕人君は一人で和洋と二人分食べるの?」

小鳥がつつく様な食事の天野サヤカさんは呆れた顔で言うが、

「うん、好きな物を好きなだけ食べられるなんて幸せだし、あ、カレーライスも忘れずに頂きます」


これで腹八分の僕は対面カウンターのオーブンでミニクロワッサンを焼くお姉さんに、

「艶出しのガムシロを塗らずに下さい」

ベーカリーの息子として、焼きたてクロワッサンを味見しないと気が納まらない。


デニッシュやクロワッサンは通常のパンより多くのバターを使用して何層も織り込み独特のサクサク感を出している、若い頃にフランスで修行した父がこだわる無塩醗酵バターとサフのドライイーストの違いから、僕は父が作るクロワッサンが世界で一番美味しいと思う。


「その味はどう、裕人君のパパと違うの?」

既に満腹の天野さんは僕に感想を求める。


「うん、これは普通のクロワッサン、醗酵バターとは香りが違うし、小麦も安い海外製じゃないかな」

「さすが裕人君、違いが分かるなんて犬なみの嗅覚ね」

天野サヤカさんの本気か冗談か分からない僕は返答に困り。

「ワンワン」

とこの場を茶化した。


朝食を終えて部屋に戻り、昨日と同じ服とチノパンツをはく僕と、昨日はロングスカートだった天野サヤカさんは、細い足がより強調されるスリムな春色のジーンズを選んだ。

歩きやすいスニーカーまで出てくる大きなキャリケースは、猫型ロボットの四次元ポケットみたで次は何が出てくるだろうと不思議に感じた。


ここで補足です、普段の天野さんは長い黒髪を中学の謎校則で一つに纏めているけど、今日は風になびく様なロングのヘアスタイルを見せている。


連泊する客室に大きなキャリーケースを残した天野サヤカさんは、小さな肩掛鞄ショルダーバッグで宿を出発した。


この日は周遊バスを利用して伊勢外宮いせげくうへ向かう。

その車内で、

「裕人君、参拝の作法って知っている?」

「え、普通に二礼二拍手一礼でしょ?」

毎年初詣に行く近所の氏神様はそんな感じだけど、

「そこは到着してから言うね」


伊勢神宮は日本全国、神社の本家と教養番組で聞いた事が有るけど、外宮に着いてから天野サヤカさんに訊こう。


バスを降りて鳥居の方向へ歩く、その手前に警察みたいな制服を着た守衛さんはひょっとして皇宮警察なのか、取りあえず一礼して外宮げくう内宮ないくう地図マップを頂いてから、

「裕人君、そこの手水舎ちょうすやで清めて」


それが作法なのか、郷に入れば郷に従えと同じと思う僕は、

「何処をどうやって清めるの?」


「右手で 柄杓 を持ってたっぷりと水をくみ左手を清め、次に柄杓を左手に持ち替えて、右手を清めます。

再び柄杓を右手で持ち、左手で水を受け、口をすすぎます。 柄杓は直接口につけないでください。

改めて左手を清めます。

残った水で柄杓の 柄 え を洗い清め、元に戻します」


天野サヤカさんの早口な説明で分かった様で分からない僕は見よう見真似で同じ様に両手と口を清めた、と思う。


「裕人君、鳥居の前で一礼してから『これから御参りさせて貰います』の気持ちを忘れずに」


それも正式な作法ルールなのか、一つ一つに感心する僕へ、

「裕人君、道の真ん中は神様が歩くから、参拝者ははじを歩くの、それと外宮は左側通行だけど、内宮は右側通行を忘れずにね」


始めての伊勢神宮参拝に通行ルールまで有るとは、しかも外宮と内宮で左右が違うなんてアメリカと日本の交通ルールみたいだ。


参拝者が多いのにとても静かで雑談する人も居ないから雰囲気が違うと思う僕は、黙って天野サヤカさんの後ろを歩いた。


「裕人君、ここの豊受大神宮とようけだいじんぐうは食時の神様を祭っているよ」

一生飢えない様に心を込めてお参りして行こうと願った僕の横を白装束の男性が通った。


天野サヤカさん、あの人は誰?」

「今通った男性は神職よ」


子供の頃に見たテレビアニメの『オジャル様』と同じ姿に、小鬼の三人組みが取り返そうとしたしゃくを持っていないかと想像した。


人生初の神宮参拝で記念の意味を込めてお守りを購入したい僕へ、

「内宮にも御札とお守りの授与所が有るから」

天野さんの助言で後回しにして、正宮で手を合わせ、公立高校合格と家族の健康を祈った。

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