はじまりの町

 俺――リクが最初に降り立ったのはとある町の、とある礼堂だった。


 とある町の名前はレイクタウン。


 但し、プレイヤーは全員『はじまりの町』と呼ぶので、正式名称を知らない者も多い。


 降り立った礼堂は――風の大神殿。


 風属性のプレイヤーが産まれ、還る場所だ。


「へぇ……これが風の神殿か」


 俺は周囲を見回し、


「見事に誰もいないな」


 そして苦笑する。


 風の神殿にいるのは、俺を除いたら全てがNPC。復活を担う大司祭に、小間使いの風の巫女たち。


 大司祭に話しかければ、世界観の説明や町の説明が始まるが……重要な情報ではないので、俺はそのまま風の神殿を後にした。


 うぉ……懐かしいな。


 風の神殿を出て、目に映るはじまりの町の景観に俺は懐かしさを覚える。


 この町に来るのは、あの大規模アップデート以来だから……3年振りになるのか?


 3年前に実装された大規模アップデート。


 それは、従来のオンラインゲームでは考えられない仕様変更だった。


 その仕様変更とは――プレイヤーへの行動規制であった。


 レベル30以上のプレイヤーに対して、第二〇階層以下の立ち入りを禁じる。


 レベル60以上のプレイヤーに対して、第五〇階層以下の立ち入りを禁じる。


 低レベルのプレイヤーが高ランクのコンテンツに参加出来ないのはよく見るが、IGOは逆だった。


 高レベルのプレイヤーが低ランクのコンテンツに参加出来ないのだ。この仕様変更と同時に、階層ごとにレベルキャップが存在。例えば、第二〇階層以下でどれだけ敵を倒してもレベルの上限は29となった。


 この仕様は、同じレベルのプレイヤー同士が知り合えるきっかけを増やすのが目的とされていた。


 そして、この仕様により真のIGOのスタートラインはレベル60を超えたところから始まり、第五一階層まではチュートリアルであると揶揄された。


 この仕様変更によりレベル99のソラは第五〇階層以下には立ち入れなかったのだ。


 まずは冒険者ギルドに行って、チュートリアルを進めるか。


 俺が風の神殿を出て冒険者ギルドを目指そうとすると、一人の中年のプレイヤーが声を掛けてきた。


「その姿? お前さんはニュービーか?」


 ニュービーとは、初心者や新参者を意味するネットスラングだ。


 いやいや、この町にいる時点でお前もニュービーと大差ないだろ……。


「はい。先ほど始めたばかりです」


 初見の相手にセカンドであることを教える義理はない。俺はニュービーを装うことにした。


「やっぱりな。俺の名前はガンツ。この町で最高レベルのプレイヤーの一人だ」


 目の前の中年――ガンツは苦笑を浮かべると、聞いてもいないのに名前とレベルを答え始める。


「は、はぁ……。えっと、俺の名前はリク。レベルはこの町で最低レベルのプレイヤーの一人だと思います」


 俺は相手の流儀に則った形で返答する。


「ハッ! 気に入った! 面白い答え方をするじゃねーか! ここはベテランプレイヤーである俺が一つ助言をしてやろう」

「助言ですか?」

「そうだ! IGOを愛する俺がIGOを始めたばかりのお前さんに送る金言だ」

「何でしょうか?」

「悪いことは言わねぇ。キャラクターを作り直せ」

「は?」

「お前さんは、風の神殿から出て来た。つまりは、風属性を選択したプレイヤーだろ?」

「そうですね」


 いつか言われるとは思っていたが、ログインして5分も経たずに言われるとは……風属性はどれだけ嫌われてるんだよ。


「風属性だけはダメだ! この先苦難の道しかない。風属性とバレたらパーティーを組むのも困難になるだろう」

「左様ですか」

「左様だ!」

「でも俺はこのキャラを気に入っているので、このまま行きます」

「お前さんは何故風属性を選んだ? 風属性の特徴は何か知っているか?」


 このおっさんしつこいな。


「風属性の特徴はAGIでしょうか?」

「そうだ! AGI! つまり、速さ特化だ!」

「分かりました。金言ありがとうございます。それでは、失礼します」

「おうよ! って、待て! 俺の話を最後まで聞け!」


 まじでしつこいな……。


「何ですか?」

「このゲームでAGIは死にステータスだ! 速さなんて何の意味もねー! 重要なのはタイミングだ! それに、初心者のお前さんだと速すぎるキャラは足枷にしかならない!」

「なるほど。重要なのはタイミングですね。ご助言感謝します。それでは、失礼します」


 俺は再度頭を下げて、この場を後にしようとする。


「チッ!? 頑固なニュービーだな……。後悔しても知らないからな!」

「ご助言ありがとうございました」


 おっさんから解放された俺はようやく冒険者ギルドへと向かうことが出来たのであった。

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