逸る理由

「ヒロアキさんも加わった今、この四人でカニ狩りをすれば、推奨レベルにはそれ程の時間を置かずに達成出来ると思います」

「そうだな。三日……いや、二日もあればレベル20には到達出来る可能性はあるな」

「今の私たちが置かれている状況はゲームであった頃とは違います。一度負ければ大きなペナルティを負い、三度負ければ……死に至ります」

「そうだな」

「そのような状況下にも関わらず、急ぐ理由は何かあるのでしょうか? 第五一階層に一日でも早く到達したいと言うリクさんのお気持ちも分かりますが……二、三日であれば……」


 ヒナタははやる俺に不安を感じているようだ。


「第五一階層に到達するのは、最短でも半年後……ひょっとしたら一年以上かかる可能性もある。ヒナタの言う通り、二、三日は誤差の範囲だろう」

「それでしたら……」

「但し、俺が急ぐのは一日でも早く第五一階層に到達したい……と言う理由ではない」

「他に理由が?」


 確かに、俺は一日でも早く第五一階層には到達したい。『天下布武』の仲間と合流したいし、ハウスに保管してあるアイテムも取り出したい。


 しかし、今回に限って言えば、俺の急ぐ理由は――


「ヒロ、『百花繚乱』の主力はどこまで進んでいる?」

「先日、第一五階層突破したと聞いたので……第一六階層辺りですな」


 『百花繚乱』の主力メンバーはこの世界に閉じ込められた時点で、第一〇階層を突破していた。外部遮断された日は第一階層に来ていたが……ホームタウンは第十一階層と聞いている。


 奴らは、第十一階層未満――主に第一階層にいる初心者プレイヤーに対し、力と知識とハッタリで優位性を取った。


 噂では、第六階層未満の美味しい狩場はすでに『百花繚乱』が占領しており、先程のカニ狩りの狩場も日々『百花繚乱』のメンバーが増えているらしい。


「ヒナタ、一番恐い敵は何だと思う?」

「恐い敵ですか……? それは、今から戦う蛟のことですか?」

「違う。蛟は強敵だが、恐くはない」

「うーん……私はそんなにも多くの敵を知らないので……今まで戦った敵の中だと……ミノタウロス?」

「一番怖い敵は――人間プレイヤーだ」


 この世界に閉じ込められる前――"オンライン"ゲームであった頃でさえ、一番恐く、厄介な敵はいつだって人間だった。


 嫉妬、恨み、妬み……或いは支配欲。


 不特定多数の多くの人が交差する世界であるからこそ……人間が一番恐い。


「え? でも、PvPが解放されるのって第五一階層以降だよね?」


 俺の答えにメイが割って入ってくる。


「そうだな。物理的にも脅威になるのは第五一階層以降だ。但し、PvP以外でも人間プレイヤーが脅威になることは多々ある」

「人間関係とか……?」

「人間関係による問題も多いな。罵倒し合うとか、マウント取り合うとか……精神的なダメージは大きい。しかし、それ以外にも……」

「それ以外にも?」

「狩場の独占、人材の独占、市場の操作……直接的にダメージを受ける迷惑行為も多々ある」

「狩場の独占は分かるけど……人材の独占って?」

「単純に言うと、優秀なプレイヤーの囲い込みだ。他にも、あいつは嫌いだから組む事を許さない、あいつと組んだらこちらの派閥、或いは旅団に所属するプレイヤーは、二度とパーティーを組まない、と言った脅しだな」


 脅すとまでは言わなくても、例えばソラである俺がとあるプレイヤーの不満を漏らせば……『天下布武』の団員で、そのプレイヤーと組む者はいなくなるだろう。


 これは、無意識の疎外だが……例えば仲間がPK《プレイヤーキル》されたら……そのPK《プレイヤーキラー》との交流は一切禁じる命令を出す。


 ソラであった頃なら行使する、しないに関わらず……その権限はこちら側にあった。


 しかし、今この低階層で権限を握っているのは――『百花繚乱』だ。


 アホなことはしないと信じたいが……噂が真実であれば『百花繚乱』は信じるに値しない旅団だ。


「市場の操作って言うのは?」

「市場の操作は……第十一階層を超えると工房と言う新たな施設が加わり、プレイヤー間の取引が活発化する」

「ふむふむ」

「そこで……例えば鉄鉱石って素材があるとするだろ?」

「うん」

「とあるプレイヤーの集団が、120G未満の鉄鉱石を全て買い取って、120Gで販売するんだよ。そうしたら、自然と鉄鉱石の市場価格が120Gで固定される」

「それって悪いことなの?」

「適正価格なら問題ないが、釣り上げ過ぎると多くのプレイヤーやNPCの生活に支障が出るな」

「なるほど」

「もっと悪質な行為になると、希少性の高い素材の採取場所を集団で占領。その後、市場に一切出さずに……一定期間置いた後で高額で放出するって手口もあったな」

「それは悪質だね!」


 転売屋と呼ばれるプレイヤーは一定数存在しており、転売屋が徒党を組むと碌なことが起きなかった。


 過去にNPCがプレイヤーに反乱を起こしたのも、プレイヤーによる悪質な市場操作が原因であった。


「リクさんは『百花繚乱』が、それらの悪質行為をする可能性がある……と、睨んでいるのですか?」

「すでに近い動きはしているし、数は力だ。旅団のみなら上限人数が1,000人だが……下部組織とか言う訳のわからん旅団まで出て来たら……その数は膨大に増える」

「確かに、はじまりの町でも『百花繚乱』の連中は嫌な感じだったね」

「しかも、こうした影響力が増えると……『百花繚乱』にくみするプレイヤーは更に増加し、最悪の悪循環を招く」

「話を聞くだけでも嫌になるね」


 メイはオェーと舌を出して、不快感を露わにする。


「と、ここまでの悪質な行為はある程度対応出来る」

「え? そうなの?」

「そうなのですか?」

「何と!?」


 散々説明したが、今話した内容を対処することは簡単だった。

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