大型アップデート前日①
「さぁ! 今日もガンガン稼ぐよー!」
「おぉー!」
メイはログインしてくると同時にテンションが最高潮だ。
この姉妹と一緒に6日間パーティーを組んでいて気付いたことがいくつかある。
一つはログイン時間。
ゲーマーである俺は四六時中IGOの世界に没頭することは可能だが、一般的には許されない。
姉のヒナタのログイン時間はまちまちで朝からインする時もあれば、夕方からインする時もある。このログイン時間は大学生に多いパターンだ。
妹のメイのログイン時間は決まって16時。このログイン時間は中高生に多く見られるパターンだ。
そして、姉妹は揃って0:00にログアウトしていた。
本人に年齢や職業を聞くのはネチケット違反だが、俺はヒナタは大学生でメイは高校生ではないか? と当たりをつけていた。
俺一人であればとっくにリクのレベルは10に達していた。しかし、俺はリクの成長速度を姉妹の成長速度と合わせていた。
ヒナタがいる時はヒナタのレベリングに付き合い、ソロの時は経験値を度外視したスキル熟練度の育成や、普段の俺だったら見向きもしない非効率的なクエストを消化。3人が揃った時にのみ全力でレベリングに励んだ。
ソラでプレイしたいた頃は、こういうプレイスタイルを"エンジョイ勢"と少し見下していたが、いざ経験してみると中々楽しいプレイスタイルだった。
「にゃ? リク? どうしたの?」
ぼーっとしていた俺にメイが声を掛けてくる。
「すまん。何でもない」
「今日中にレベルを10にするよ!」
「そうだな」
「0:00からの特別記念イベントまでに絶対にレベルを10にするよー!」
「そうだな」
「明日は休みだから今日は夜ふかし出来るよー! 3人でイベントに参加しようね!」
「……」
「リク?」
「リクさん?」
最後の問いかけに俺は無言となり、二人は心配そうに俺の名前を呼ぶ。
「……すまない」
「ん? なに?」
「リクさん? 大丈夫ですかぁ?」
俺は一言謝罪を呟く。
「特別記念イベントには参加出来ない」
「え? 何で?」
「ご一緒出来ないのは寂しいですが……リアルが一番大切なのですよ」
俺の言葉にメイは驚き、ヒナタは悲しそうに目を伏せながらも理解を示す。
「それと、明日以降はこのキャラのログイン時間が大幅に減る……いや、当分ログインは出来なくなると思う」
俺は二人に更なる現実を告げた。
明日、正確には6時間後の4月24日0:00――IGOは大型アップデートを実装し、未実装であった第七一階層以降が解禁される。
それはソラの冒険の再開を意味していた。
現状はレベルもカンストしており、未実施のコンテンツもない。謂わば、休暇期間だ。
しかし、明日からはまた多忙な日が始まる。
未知なる階層を駆け巡る日々。未知なるレアアイテムを求める日々。
トップランカーであり続ける為、トップランカーである仲間たちと共に歩み続ける為には、一分一秒を無駄にすることは出来ない。
つまり、楽しかった"エンジョイ勢"リクの冒険は一旦休止となる。
「何で! どうして! 楽しくなるのは今からでしょ!」
メイは俺の言葉に納得が出来ないのだろう。
「メイ、人にはそれぞれの人生が……リクさんにはリクさんの大切な人生があるのですよ」
怒りを露わにするメイをヒナタが優しい口調で宥める。
俺は……俺の正体をこのまま隠し通すべきなのだろうか? それとも、正直に話すべきなのだろうか?
今日になって二人に黙っていた秘密が罪悪感となって俺に重くのしかかる。
俺がソラだと正直に話したら二人は信じるだろうか?
それとも、このまま秘密にして……いつの日か二人が自力で第五一階層に到達した時に、『久しぶり、リクだよ』と告げた方がいいのだろうか?
それとも何も言わずに立ち去るべきなのだろうか……。
本当なら、最初に真実を告げるか……固定パーティーを申し出を断るべきだったのだ。
たったの6日間。軽い気分転換で作成したリクの存在にここまで悩まされるとは……。
「あのぉ……リクさん……」
後悔に苛まれる俺にヒナタが声を掛けてきた。
「ん? 何だ?」
「無理を承知でお願いするのですが……今回の……今回のイベントだけはご一緒出来ないでしょうか?」
「今回のイベントと言うと……明日の0:00に始まる大型アップデート特別記念イベントのことか?」
「はい」
俺はヒナタのお願いにどう答えるべきか悩む。
大規模アップデート特別記念イベント――分かっているのはその名称と、開催される日時のみ。
開催される時間から推測しても、せいぜいセレモニーと記念アイテムが配布される程度のイベントだとは思うが……。
俺はこのイベントは【天下布武】の旅団長――ソラとして【天下布武】の仲間たちと共に迎える予定だった。
6日間を共に過ごした姉妹と、3年の月日を共に過ごした【天下布武】の仲間たち。
どちらが大切か? と、問われれば――
最後のけじめだけは付けるべきだろう。
今回のイベントを共に過ごし、最後に俺の正体を告げよう。
信じてくれないかも知れない。騙されたと怒るかも知れない。それでも、このまま別れるのはあまりに不誠実だ。
たった6日間……なのに、俺の中でこの姉妹の存在はかなり大きくなっていたようだ。
「あ……やっぱり……無理ですよね……」
沈黙を続ける俺の態度を否定と受け取ったヒナタが悲しそうに目を伏せる。
「すまない」
俺は答えが遅れたことを詫びる。
「……そうですよね。私の方こそごめんなさい」
「違う。今回のイベントは一緒に参加しよう」
「……えっ? いいのですか?」
「あぁ。問題ない……訳ではないが……その前に、メイ?」
「なに?」
「今の経験値は?」
「78%」
「なるほど。俺は84%だ」
IGOは経験値が100%になるとレベルが上がる。低レベルの内は敵を一体倒すだけで数%増えるが、高レベルになると敵を一体倒した程度では増える経験値は0.0001%にも満たない。
「少し離席する。その間、二人は経験値を稼いでいてくれ」
「わかりました!」
「了解! リクが戻るまでに84%にしとくね!」
俺が共にイベントに参加すると知ってか、二人の表情に笑顔が戻る。
「戻ったら連絡をする」
俺は二人にそう言い残し、ログアウトするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます