緊急クエスト最終日①
最後となるゴブリンの襲撃まで残り10分。
最前列に遠距離アタッカーを並べ、その後ろにはタンクのプレイヤーを配置。
タックは逃走するのかと思ったが、隅っこの方で100人にも満たないマントの集団と固まっている。
いいね……この緊張感。
偶然居合わせた名前も知らぬプレイヤーたちと共に、協力して防衛拠点を守る。
この空気、この緊張感こそが……俺の知っている緊急クエストだ。
俺は静かに、正面を見据える。ゴブリンの襲撃まで残り1分。
「遠距離アタッカー総員に告ぐ! 攻撃の準備を始めよ!」
俺の合図に合わせて、魔法使い系のプレイヤーは杖に魔力を込め、狩人系のプレイヤーは弓の弦を引き絞る。
地に付いた足には振動が伝わり、耳を澄ませば無数の足音が、そして視界には――土煙を巻き上げて突撃してくる無数のゴブリンが映った。
まだだ……まだだ……まだだ……。
魔法と矢の速さと飛距離を計算し適切なタイミングを測る。
――!
今だ!
「遠距離アタッカー総員に告ぐ! 放てっ!!」
俺の合図に合わせて、無数の矢と色とりどりの魔法が襲撃してくるゴブリンへ目掛けて飛来した。
放たれた矢の風切り音に炎魔法による爆発音、様々な衝撃音とゴブリンの悲鳴が周囲に響き渡る。
これだよ! これ! 緊急クエストの始まりはやっぱりこの光景だ!
「遠距離アタッカーは後退せよ! タンクのプレイヤーは盾を打ち鳴らせ!」
最初の役目を終えた遠距離アタッカーが後退すると、代わりに前に出たタンクのプレイヤーが盾を打ち鳴らす。
「ゴブリン共を駆逐するぞ!」
「「「おー!」」」
開幕の遠距離攻撃と、打ち鳴らされる盾の音。同じ未来を望んだプレイヤーたちは言葉に出来ない一体感に包まれ、雄叫びを上げた。
「ギィ!」
俺のすぐ目の前で盾を鳴らしたヒロアキに1匹のゴブリンが飛びかかる。
「ハッ! させねーよ!」
――《パリィ》!
俺はヒロアキの前に飛び出すと、ゴブリンの振り下ろそうとした斧を短剣で弾き、態勢を崩したゴブリンの喉元を短剣で切り裂く。
「フフン♪ 私も頑張るんだから! ――《冬乱》!」
メイもヒロアキの前に飛び出して分銅を振り回し、
「とどめにゃ!」
分銅で吹き飛ばされたゴブリンにクロが巨大な戦斧を振り下ろす。
「むむ? 私の出番が……」
「ヒロがいるから、俺たちは攻撃に集中出来ている! ヘイト管理は引き続き任せた!」
「承知! お任せを!」
ゴブリンのターゲットがヒロアキと分かっているからこそ、俺たちは安心して攻撃が出来ていた。
――《バックスタブ》!
俺はヒロアキの盾に斧を振り下ろしたゴブリンに背後から致命の一撃を与える。
「ヒナタ! 少しだけ無理をする! 俺のHPの管理も頼む!」
「はい! お任せ下さい!」
今回の緊急クエストのリーダーは俺だ。
リーダーである以上は、ある程度のパフォーマンスを見せる必要がある。
――《アクセル》!
俺は自身を加速させ、ゴブリンの集団へと突撃する。
いつもの俺は回避を最優先に考えたプレイスタイルだったが、今回だけはプレイスタイルに変化を加えることにした。
俺は二本の短剣を駆使して、多少の被ダメージは気にせず攻撃へと比重を置いて次々とゴブリンを葬り去る。
――ッ!?
背中を斧で切りつけられたが、気にせず目の前のゴブリンの首を切り裂き、そのまま反転して俺を切り付けたゴブリンの首を切り裂く。
「――《ヒール》!」
ヒナタの唱えた優しい光が俺の背中の傷を癒す。
――《ウインドカッター》!
俺へと飛びかかろうとしたゴブリンを風の刃で両断し、そのまま敏捷性を活かして素早く移動を繰り返しながら、二本の 短剣を振り続ける。
「お、おい……アレ見ろよ……」
「あそこの一帯だけ空白になったぞ……」
「あの武器……短剣だよな……?」
「AGIは無意味なステータスじゃなかったのか?」
「あの速さは反則だろ……」
ふぅ……。
一時とは言え、周囲のゴブリンを全て掃討し終えた俺にプレイヤーたちが驚きと恐怖の入り混じった視線を向ける。
「うっわ! リクってそんな動きもするんだ……。うちも負けないからね!」
俺の動きに触発されたのか、メイが鎖鎌を振り回しながらゴブリンの群れへと突っ込む。
「メイ! それ以上突出はするなよ!」
「はーい!」
「ヒナタ、次はメイのHP管理を頼む」
「はい!」
防衛ラインへと戻った俺は、獅子奮迅するメイを眺めながら、ヒロアキに群がるゴブリンを倒し続けたのであった。
◆
2時間後。
視界の先に2匹の一際大きなゴブリン――ゴブリンナイトの姿を捉えた。
2匹のゴブリンナイトは左右から正面目指して、突撃しようとしている。
「ガンツ! 左側のゴブリンナイトが近付いたら、少し抑えていてくれ」
「あいよ!」
「右側のゴブリンナイトは約束通り遊撃隊に……って、おい!」
ゴブリンナイトの対処方についてガンツに話をしようとすると、
「行くぞー! 我らの力を見せつけるのだ!」
すっかり存在を忘れていたタックが数少ないマントを羽織ったプレイヤーと共にゴブリンナイトへと突撃を仕掛けた。
「MVPは俺のモノだ! この階層で誰が一番優れているプレイヤーなのか……教えてやる!」
タックは血走った目でゴブリンナイトへと突撃を仕掛ける。
勝てるのか?
それとも、ココロが壊れて正常な判断も出来なくなったのか?
「総員に告ぐ! 隊列を崩すな! 今いる場所を死守せよ!」
俺はタックの暴走に布陣が崩されないことを最優先に考え、指示を出す。
「風の兄ちゃん、どうすんだ?」
「ガンツさんはあのバカたちが抜かれた場合に備えてくれ」
「あいよ!」
「もう1匹のゴブリンナイトは遊撃隊で仕留める」
「伝説の旅団長のお手並みを拝見させてもらうぜ」
「何度も言わせるな。今の俺はただの風の兄ちゃんだ」
俺は暴走するタックを無視して、あらかじめ決めていた行動手順に移るのであった。
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