緊急クエスト準備
「Sを狙いたいが、Aだろうな」
俺はクロの質問に端的に答える。
クロの言う"どこ"とは、どの報酬ランクを狙うのか? と言う質問だった。
本来であれば、緊急クエストの3日ほど前から主要なプレイヤーが集まり、綿密な計画を立てる。
俺もソラであった頃は、そういう話し合いにも参加していた。【天下布武】では、優秀な副団長であるマイが完璧なタイムスケジュールを管理していたので、今回の曜日忘れのような凡ミスも発生していなかっただろう。
上階層でSランクを狙うのであれば、旅団単位で防衛する拠点を割り当て、首領を討伐する精鋭メンバーの選定などを話し合う必要があった。
しかし、ここは低階層。
中には、今回の緊急クエストが初めてとなるプレイヤーも大勢いるだろう。【百花繚乱】が事前に音頭を取っていればSランクを取れる可能性もあったが、【百花繚乱】は身内以外には何の助力もしていなかった。
「妥当な考えにゃ。Sランクを取れるとしたら……」
「あいつらの動き次第だろうな」
クロの言葉に続いて言葉を発した俺は、あいつら――マントの集団『百花繚乱』へと視線を向けた。
「皆よ! こちらに注目せよ! これより伝説の旅団【天下布武】の団長――『炎帝のソラ』様より話がある!」
全身を蛇王シリーズの重装備で固めた男が大声を張り上げる。
「よしてくれ。今の俺は『炎帝のソラ』ではない――【百花繚乱】のタックなのだから」
【百花繚乱】の団長――タックが芝居がかった仕草をしながら姿を現した。
「「「タック! タック! タック!」」」
「「「タック! タック! タック!」」」
「「「タック! タック! タック!」」」
周囲のプレイヤー……もとい、マントを羽織ったプレイヤーたちが大気を揺るがす程の歓声でタックコールを始める。
「ありがとう! ありがとう! 皆の気持ちは嬉しいが、今は俺の話に耳を傾けてくれないか?」
タックは王族のように手を優雅に上げながら歓声に応え、余裕を窺わせる笑みを浮かべ、【百花繚乱】の連中が静まるとゆっくりと話し始めた。
「俺には幸いにも数多の緊急クエストを指揮してきた経験がある! どうだろう? ここは俺に――かつて『炎帝のソラ』であったこの俺に全ての指揮を任せてくれないか!」
「「「うぉぉぉおおお!」」」
「「「いいぞぉぉおお!」」」
「「「ソラ! ソラ! ソラ!」」」
タックの言葉に応えるように、再びマントの集団が割れんばかりの歓声をあげる。
「酷い出来レースだな」
「全くだにゃ」
「あぁ……もぉ! 耳めっちゃ痛いし!」
「何か怖いです……」
「酷い有様ですな」
俺を含め、仲間たち全員が【百花繚乱】による茶番劇に辟易とする。
「ありがとう! ありがとう! 皆の気持ちは嬉しいが……時間が差し迫っている! これから皆に作戦を伝える!」
場の空気が完璧に【百花繚乱】に支配された、と思ったその時――
「ちょっと待ったー!」
【百花繚乱】が支配する空気を壊す英雄が現れた。
「あの人って……?」
「リクさんの知り合い?」
その英雄の名は――何だっけ?
「俺の名前はガンツだ! 俺はお前さんら――【百花繚乱】の指揮下に入るつもりは毛頭ない!」
おっさんの名前はガンツと言うらしい。ガンツはきっぱりとした口調でタックの言い分を拒絶する。
「ヒュー! ガンツいいぞ!」
「ハッハッハ! あのバカ言いやがった!」
「イイね! イイね! 楽しくなって来たね!」
ガンツの取り巻き……と言うか、古参のプロ初心者の知り合いがガンツを囃し立てる。
「そもそも俺はお前さんらみたいな大規模旅団が支配する空気が嫌でこの階層に居るんだ! 何が悲しくてマントも付けてない俺らがお前さんの指揮下に入らなきゃならねーんだよ!」
「ガンツ……と言ったか? 貴方は緊急クエストがどのようなクエストなのか知っているのか? 個々人が勝手に動いてクリア出来る程簡単な――」
「黙れ! こちとら1年以上もこの階層を拠点に頑張ってるんだ! 緊急クエストぐらい知っとるわ!」
ガンツの威勢は止まらない。
「クロ、この階層長かったよな?」
「リクにぃよりは長いにゃ」
「この階層の過去の緊急クエストの達成状況は知っているか?」
「遮断される前の緊急クエストはファーストで参加していたから聞いた話になるけど……BかAが多かったはずにゃ」
「Sはないのか?」
「ボクの記憶によれば、ないにゃ」
あれだけ威勢のいいことを言ったのだ。ガンツを始めとしたプロ初心者の集団が指揮を取ってSが確定するなら、従うのも悪くはないと思ったが……Bランクもあるのかよ……。
ガンツの言葉を皮切りに、【百花繚乱】の連中とガンツを中心としたプロ初心者の集団が言い争いを始める。
圧倒的に優位だと思っていた【百花繚乱】と言い争いが成立しているところを見ると、どうやら【百花繚乱】の連中をよく思っていないプレイヤーは相当数いるようだ。
好きに争ってくれ……とは思うが、残念ながら緊急クエストはここにいるプレイヤー全員が参加となるクエストだ。こんな状況では緊急クエストが失敗する可能性も生まれる。
今回の緊急クエストの襲撃者はゴブリンだ。となると、風属性である俺からすれば報酬は是が非でも入手したい。
さてと、どうするかな?
言い争う喧騒をBGMに、俺は頭を悩ませるのであった。
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