妥協案

 こんな状況だ。Sランクを狙うのは厳しいだろう。狙うべきはAランク。後は、状況次第ではMVPも狙いたい。


 Aランクを達成する為には、防衛拠点を一つ守って、敵の首領を討伐する必要がある。


 緊急クエストを成功させる秘訣は敵の動きを読むことは当然として、それ以上に味方の動きを読むことが重要になる。


 ソラだった頃でも、【天下布武】の団長として多くのプレイヤーを指揮していたが、当然指揮下以外のプレイヤーが大勢いた。その時も、指揮下以外のプレイヤーの動きを読むことこそがクエストの成功へと繋がっていた。


 言い争う【百花繚乱】とプロ初心者集団。手を取り合って協力し合うのは無理だろう。


 ならば、味方の動きが読みやすくするように動いてみるか。


「クロはこの階層が長くて、この階層で一番の職人だよな?」

「にゃにゃ……嫌な予感がするにゃ……」

「ちなみに、あのおっさんと、偽物タックには面識ある?」

「い、一応あるにゃ……。ガンツさんは顧客として、偽物からは何度もスカウトされてるにゃ」


 笑顔で問いかける俺に対し、クロは苦笑いを浮かべ後退りする。


「流石はクロさん! 顔役ですね!」

「――!? リクにぃにさん付けされると震えが止まらないにゃ……」

「それじゃ、クロさん。今から俺が注目を集めるから――今から言う通りに提案してくれ」


 俺は震えるクロに提案内容を耳打ちした。


「わかったにゃ。でも、ボクが言わないとダメかにゃ?」

「風属性の無名プレイヤーの言うことに耳を貸す奴がいると思うか?」

「ボクは貸すにゃ!」

「それは、クロが俺の正体を知っているからだろ」

「にゃー……」

「現状では、これが最善だ。腹を括れ」

「わかったにゃ……」


 クロの説得に成功したところで俺は大声を出して周囲のプレイヤーたちの注目を集めることにした。


「第十一階層に集いしプレイヤーの皆様! どうか少しだけ、私の友の話に耳を傾けて下さい! ゴブリンの襲撃まで残された時間は僅かです! どうか! どうか! ほんの少し耳を傾けて下さい!」


 ふぅ……少し恥ずかしいが……今からのクロを想えば、俺の羞恥心などどうでもいい。


 俺の言葉――願いは通じたのか、『百花繚乱』とプロ初心者たちの言い争いは止まり、多くのプレイヤーの視線が俺に集まる。


「それでは、我が友――クロさんお願い致します」


 俺は恭しく頭を下げて、クロの後ろへと下がる。


「拝聴感謝するにゃ! ボクの名前はクロですにゃ! この階層で一年以上職人を続けているプレイヤーにゃ!」


 クロは意外にも堂々とした口振りで話し始める。


 クロのファーストは人の上に立つ立場のプレイヤーだったのか? それともリアルが人の前に立つ職業だったのか? クロは臆することなく堂々とした口調で言葉を紡ぐ。


「クロちゃんだ!」

「クロさんだ!」

「お! 俺の武器あの人に作って貰ったんだよ!」

「俺も! 俺も!」


 クロの知名度は俺の想像していたよりも高いらしく、あちこちでプレイヤーがクロに反応する。


「限られた時間が迫ってるにゃ! このままだと、ボクたちの――皆の町が壊されてしまうにゃ!」


 クロは迫真の表情でプレイヤーたちへ訴える。


「だから、ボクから一つの提案をするにゃ! 一つの防衛拠点を【百花繚乱】で! もう一つの防衛拠点はそれ以外のプレイヤーで守るのはどうかにゃ? 当然、無所属だけど【百花繚乱】の方に行きたいプレイヤーは行くのは自由にゃ!」


 クロが俺の伝えた作戦を堂々とした口調で、集まった全てのプレイヤーに伝える。


「ふぅ……。ボクからの提案は以上だにゃ! どうかにゃ?」


 クロは最後に可愛く首を傾げて言葉を〆る。


「クーロ! クーロ! クーロ!」


 賛成の意思を示す為に俺はクロの名前を連呼する。


「クーロ!」「クーロ!」「クロ殿!!」


 俺の意図に気付いた仲間たちもクロの名前を叫び……


「「「クーロ! クーロ! クーロ!」」」


 やがて仲間たちのコールは周囲のプレイヤーへと広がり、クロの大合唱コールが響き渡った。


「よしっ! 俺はクロさんの作戦に乗るぜ! 俺と一緒に防衛拠点を守る連中は共に来てくれ!!」

「仕方がない……。我々【百花繚乱】もその作戦に乗りましょう。」


 ガンツとタックがクロの提案に賛同。


「そうと決まったら防衛拠点に移動にゃ!」


 大役を果たしてくれたクロの言葉に従うように、プレイヤーたちはそれぞれの防衛拠点に足を運ぶのであった。



  ◆



 町の入口付近に設置された二箇所の防衛拠点。


 向かって左側の防衛拠点には【百花繚乱】のプレイヤーが集結し、右側の防衛拠点にはそれ以外のプレイヤーが集結した。


「クロ、お疲れ」

「リクにぃは本当に無茶振りをするにゃ!」

「でもクロちゃんカッコ良かったよ!」

「うんうん! クロちゃん凄かったですよー!」

「堂々とした立ち振る舞い、お見事でしたな」


 仲間たちが大役を果たしたクロに称賛の言葉を送る。


「クロさん見事な演説だったな! ……ん? 一緒にいるのは、風の兄ちゃんじゃねーか!」


 ガンツがクロの姿を見て駆け寄り、俺の姿を確認して驚きを露わにする。



「ボクはリクにぃの仲間なのですにゃ」

「リクにぃ? お前さんら、兄弟だったのか?」

「違うが……説明するのは面倒だな。えっと、何だ……ガンツさん、何人くらい集まったんだ?」


 俺はガンツの疑問を無視して、緊急クエストを達成する為の情報を集める。


「ん? こっちには3万人ほどだな」

「多いな……」

「向こうも2万人くらいだぞ」

「は? 【百花繚乱】はそんなにいるのか?」

「いや【百花繚乱】に属する連中は1万人ほどだが、向こうの方が安全だと思って移動した連中も結構いるな」


 IGOの日本サーバーのアクティブユーザー数は150万と言われている。アクティブユーザー数の算出期間は14日間。


 そして、同時接続数は、平均で50万人ほどだった。


 但し、遮断された日はイベントがあると告知されていたので、遮断された瞬間にログインしていたプレイヤーは多く見積もっても80万人ほどになると予測される。


 次に階層ごとの分布図だが、半数以上はスタートラインと揶揄される第五一階層より上にいる。そして、残された半数の更に半分は第十一階層未満――はじまりの町に引き籠もっていると言われていた。


 計算すると、この階層のプレイヤーの数が5万人と言うのは……多いが納得の出来る数値になる。


「5万人規模の緊急クエストか……」

「5万人規模は未体験にゃ……」

「そうだな」


 俺は集結しているプレイヤーの数を見て、一抹の不安を覚えるのであった。

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