緊急クエスト(S2)準備④

「『風の英雄』……? 知ってるか?」

「最近、低階層から来たプレイヤーたちが噂していたプレイヤーじゃね?」

「【天下布武】を騙った偽物をぶっ倒して、単独でゴブリンキングを倒したとかいうやつか?」

「風属性だけど、あり得ない強さらしいな」

「緊急クエストのゴブリンキングをワンパンだろ?」

「圧倒的な貢献度でMVPをかっさらったらしいな」

「仮面を付けてたらしいな」

「噂だとそいつが本物の『炎帝のソラ』らしいぜ」

「おいおい……低階層に『炎帝のソラ』は何人いるんだよ」

「俺が確かな筋から聞いた話だと……『炎帝のソラ』じゃなくて『覇王ツルギ』らしいぞ?」

「いや、『天才マックス』だろ?」

「バカだな……仮面で正体隠してたんだろ? 『アンノーンセロ』に決まってるじゃねーか」


 人の噂は恐ろしい。


 アイリスの話を聞いた周囲のプレイヤーが騒ぎ出す。


 ゴブリンキングを単独で倒してないし、ワンパンでも倒していない。MVPは取れたが、貢献度は圧倒的ではなかった。


 人の噂は恐ろしい……あることないこと尾ひれがつきまくりだ。


「ローズさん、セリアさん? 『風の英雄』ってまさかとは思うけど……」

「リクさんだな!」

「リクさんのことですね」


 今回の緊急クエストは一般プレイヤーとして参加しようとしていたが、いきなり出鼻をくじかれた。


「あ! そうだ! 団長からの伝言で、リクさんの名前を公表してもいい? だって」

「聞くの遅くないか?」

「まだ名前の公表まではしてないでしょ?」


 まぁ、そう言われれば……そうだが……。


「リクにぃ、いいんじゃないかにゃ? 指揮をとる旅団と仲良くすればMVPになれる確率は上がるにゃ」

「リク、いいんじゃない? なにか損するわけじゃないんでしょ?」

「私はリクさんの判断にお任せしますー」

「私はリク殿の意思に従うのみですな」


 仲間たちはアイリス――【青龍騎士団】の打診に賛成のようだ。


 んー……デメリットがあるとすれば……見知らぬプレイヤーから嫉妬、或いは噂通りの強さじゃなくて失望されるくらいか?


 メリットは指揮をとる【青龍騎士団】と表立って行動できる――つまり、MVPになれる確率が高まることだろうか。


 MVPをとれないまでも、俺と共に行動するメイたちの貢献度ランキングも上位になれる確率は高い。


 ゴーレム系の緊急クエストの報酬は優秀な防具が多いからヒロアキの戦力強化に繋がるし、従魔をまだ保有していないメイとヒロアキがより良い卵を獲得できるチャンスも高まる。


 アイリスは一緒にパーティーを組んだ感じ、信頼に足るプレイヤーだった。


「ローズさん、公表しても構わない」


 俺はアイリスからの打診を承諾した。


「お! マジ! リクさんサンキューな! だーんちょー! オッケーもらったぞー!!」


 メールあたりで報告すると思っていたが、ローズはその場で大声で叫んで報告を済ませた。


「ふぅ……肩の荷が降りたぜ」

「ローズ、ありがとうございます!」


 壇上のアイリスも大声を出してローズの報告に答えた。


「皆さん、今回の緊急クエストはSランクを達成するのが非常に困難と言われています。それは何故か? Sランクを達成するために必須となる討伐対象――ゴーレムキングを討伐するのが困難を極めるからです」


 アイリスは再び周囲に集まったプレイヤーに語り始めた。


「ゴーレムキングを倒すのが何故困難なのか? それは属性による相克関係にあります。ゴーレムキングは土属性。優位属性は風属性となりますが……風属性のプレイヤーがほとんど存在しないからです!」


 アイリスは抑揚のついた声で喜怒哀楽の表情を浮かべ、周囲のプレイヤーを惹きつける。


「しかし、幸いなことに今回の緊急クエストには――『風の英雄』が参加します! 私は『風の英雄』――リクさんを中心に遊撃隊を編成することにより今回の緊急クエストもSランクを狙いたいと思っています!」


 そして、アイリスの熱量はピークに達した。


「うぉぉおおお!」

「アイリス! アイリス!」

「【青龍騎士団】! 【青龍騎士団】!」


 アイリスの熱量に呑み込まれ、周囲のプレイヤーたちのボルテージも高まる。


「それでは、皆様にご紹介します! 『風の英雄』……いえ、リクさん、こちらへどうぞ」


 アイリスは俺へと視線を向け、手を差し伸べる。


「へ?」

「リクにぃ、頑張るにゃ!」

「リク、がんばっ!」

「リクさん、頑張って下さい!」

「リク殿の勇姿……! 不肖ヒロアキ、この目に焼き付けさせて頂きますぞ!」

「え? いや、一緒に――」

「ほら! リクさん、団長がお呼びだ! 行こうぜ!」

「え、ちょ……」


 俺はローズに手を引かれアイリスと同じ壇上へと連れ去られた。


 壇上に立つと、プレイヤーたちの興味津々な視線が俺に突き刺さる。


 俺もかつては【天下布武】を率いていた団長だ。大勢の人前に立つのは慣れている……と言いたいが、このような不意の形で立たされるのは始めてだった。


「えっと……初めまして。ご紹介に与りました風属性のプレイヤーリクです」


 風属性のプレイヤーリクです……って、なんだよ……この意味不明な自己紹介は……。


「ふふっ。実は私はこちらのリクさんとパーティーを組んだことがあります。その実力は噂通り……いえ、噂以上の実力でした! 皆さま! 今回の緊急クエストも必ずSランクを達成しましょう!」


「「「おぉー!」」」


「それではこれよりチーム分けを始めます。四人一組でパーティーを組んで下さい。パーティーを組めないプレイヤーはこちらにお集まり下さい」


 アイリスはその後もテキパキと緊急クエストに向けての準備を進行するのであった。

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