旅団【寿】

 VR技術の進化が著しい昨今、とある老人ホームはリハビリとコミュニケーションツールの一環として、試験的にVRMMOであるIGOを導入した。


 この施策は大丈夫なのか? と疑問視されたこともあったが、蓋を開けてみれば若い頃にオンラインゲームをバリバリプレイしていたご老人方にジャストフィット。


 現実世界と違いVR世界では身体も自由に動くのが痛快らしく、このプロジェクトに参加したご老人たちはプロゲーマーを圧倒するほどのログイン時間を費やし、PSを身に付けた。


 そんなご老人たちが集まって出来た旅団――【寿ことぶき】に、マイ、クロ、俺の3人で向かっていた。


「まさか、あのスノーホワイトと肩を並べて歩く日が来るとは……驚きです」

「そうですね。私もそう思います」


 気のせいだろうか? 空気が重い。


 何か別の話題を振ってみるか。


「そういえば、【寿】には一度同盟を打診しているんだよな?」

「はい。断られましたが……」

「何て言って断られたんだ?」

「人間関係のゴタゴタに巻き込まれる気はない……と、言われました」

「なるほどね。あの爺さんたちは、IGOを完全に娯楽として捉え、楽しんでいたからな」

「そうですね。クリーンアップキャンペーンのようなPK狩りなら参加しますが、それ以外に関しては中立を貫きますね」


 緊急クエストでは、どの旅団が主導権を握ったとしても、【寿】はフリー枠を選択した。また、自らが主導権を欲することもなかった。


「まぁ、クリーンアップキャンペーンに参加する程度の正義感は持ち合わせている。爺さんたちの良心に期待しようか」

「そうですね」

「上手く事が進めばいいですね」


 ダメ元の交渉だ。上手くいけば万々歳。失敗したら次の手を考えればいい。俺は気楽な気持ちで向かうのであった。



  ◆



 日本家屋にほんかおくをモチーフとした【寿】の旅団ホームに到着。入口には、【天下布武】の旅団ホームのように門番がいる……ということはなかった。


 マイは旅団ホームの入口に設置されている呼び鈴を起動。暫く待つと、呼び鈴から声が返ってきた。


『何用じゃ?』

「【天下布武】のマイです。約束もなく突然のご訪問失礼致します」

『名乗らんでも見えとるよ。それで、【天下布武】の嬢ちゃん、何用じゃ?』

「タムラ様にお話とお願いがございます」


 タムラは【寿】の団長だ。【寿】の旅団メンバーはオンラインゲームの世界では珍しく、全員が本名。しかも、何故か名字だった。


『お話とお願いと言うのは、前回の件かのぉ?』

「はい。今一度、お時間を頂けないでしょうか?」

『ふむ。嬢ちゃんの気持ちはわかるが、時間の無駄じゃ』

「今一度……今一度! お時間を頂けないでしょうか?」

『しつこいのぉ……儂らはプレイヤー同士のゴタゴタには参加せぬと決めておるのじゃ』


 マイはインターホン越しに必死に頼み込むが、先方の答えを聞く限りは門前払いだ。


「まぁまぁ、爺さま。話だけなら聞いてもいいだろ?」

『む? お主は誰じゃ?』

「おいおい、忘れちまったか? 爺さまが孫のように可愛がってるソラだよ」


 タムラの爺さまは距離感を測るのが難しい人物だった。礼儀正しく形式ばった対応のみでは、心を開いてくれない。とは言え、調子に乗って礼節を欠くと、心を閉ざしてしまう。


 本当に面倒な爺さまだ。


『ほ? ソラ……じゃと……?』

「久しぶりだな。爺さま」

『むむ? 儂の孫はお主より数倍可愛いし、何よりあの悪たれを孫と思ったことなど一度もないわい! そもそも、お主は本当にソラなのか?』

「正確には、ソラのセカンドキャラのリクだな。どうだ? 姿かたちは変わっても、愛らしさは変わらないだろ?」

『カッカッカッ! 確かに、姿かたちは変わっても憎たらしさは変わらんの。とりあえず、話だけなら聞いてやるかのぉ』


 ようやく面会が叶った俺たちは【寿】の旅団ホームへと足を踏み入れるのであった。


「して、何があったのじゃ? 儂の頼りない記憶によれば、小僧は行方不明のはずじゃが?」

「話すと長いが……」

「時間はたっぷりある。話すのじゃ」

「へいへい。何度も説明するのは面倒だ。他の爺さま、婆さま連中も呼んでくれよ」

「そうじゃな」


 タムラは俺の要望に答え、【寿】の主要プレイヤーを呼び集めてくれた。


「説明を始めるぞ。事の発端は、俺たち【天下布武】が第七〇階層を攻略した日――この世界が外部から遮断された日の一週間前まで遡る。俺は――」


 俺はその後、セカンド――リクとなってこの世界で過ごした日々を話し聞かせた。


「――と、まぁこんな感じだ」

「なるほどのぉ……。こちらの世界のこよみとは言え、1年以内でここまで辿り着くか……相変わらずデタラメな小僧じゃな」

「2回目だからな。爺さまも同じことはできると思うぞ?」

「ふぉふぉふぉ。儂はそこまで記憶力に自信はないから、無理じゃな。しかし、風属性を選ぶとは難儀な性格じゃな」

「こんなことになるとは思わなかったからな。しかし、爺さま……俺が言うのも何だが、すんなりと俺をソラだと受け止めるんだな」

「ふぉふぉふぉ。その嬢ちゃんの目を見ればわかる」


 タムラはマイに視線を向けて、目を細める。


「マイの?」

「完全に小僧を信頼しておる。その嬢ちゃん――【天下布武】のマイが全幅の信頼を寄せるのは、小僧――お主だけじゃ」

「なるほどね」

「で、話と言うのは何じゃ?」


 好々爺の表情で俺の話を聞いていたタムラの表情が一変する。


「単刀直入に言えば、今度の戦争で俺たちに力を貸して欲しい」

「ふむ。断る」

「まぁまぁ……話は最後まで聞いてくれよ。今回の戦争の目的は俺たちの勝利じゃない。……ん? 目的は勝利なのか?」


 俺は自分の言葉に自分で違和感を覚え、セルフツッコミをする。


「む? どういうことじゃ?」

「勝利する目的は【天下布武】の利に非ずって意味だな」

「訳がわからん。小僧、阿呆になったのか?」

「アホ……とか、失礼な爺さまだな……んっと、今回の戦争の目的はこの世界――いては、俺たちプレイヤーの生活を安定させるのが目的だ」

「何じゃ? 【黄昏】のアホタレ共が言うように、小僧――【天下布武】が管理すれば、プレイヤーの生活は保証されるとでも言いたいのか?」


 タムラの視線が鋭くなる。


「違う、違う。俺たちはプレイヤーを管理するつもりなんてない。俺たちが勝利しても得られるのは――現状維持だな」

「ほぉ……続けよ」

「今の現状がベストなのかどうかは不明だが……安定はしてるだろ?」

「そうじゃな。くだらん保身にまみれた政治に支配された世界より、よっぽど安定はしておるの」

「だろ? でも、【黄昏】が今回の戦争に勝ったら……この世界は混沌と化す。俺たちは、それを防ぎたいだけだ」

「ふむ。しかし、【黄昏】の主張はお主ら――【天下布武】が独占している報酬の分散化じゃ。小僧はそれを混沌と言うのか?」

「独占って……ひでーな。前回の緊急クエストでは、爺さまたちも上位陣に入ってたと聞いたぞ?」

「ふぉふぉふぉ。それは実力じゃな」

「だったら、独占……と言うか、【天下布武】うちらが上位を多く占めたのも実力だろ」

「まぁ、そうじゃな。そこに文句を言うつもりはない。だから、向こうに肩入れするつもりもないと、言えるのぉ」


 タムラは飄々とした口調だが、言葉の端々から中立を貫く固い意思を感じる。


 本当に面倒な爺さまだ……。


「爺さまは、この世界――IGOが好きだろ?」

「そうじゃな。枯れ果てたと思っていた儂らの第二の青春の場じゃな」

「俺もこの世界――IGOが好きだ。だからこそ、この世界の秩序を守りたい」

「ふむ? 話が少し飛んだかのぉ?」

「飛んでないさ。俺たちの勝利が何故この世界の秩序を守ることになるのか、今から説明する」


 俺は本格的な交渉を開始するのであった。

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