脱出

 いやいや、あり得ねーよ!


 本物のソラなら……ってか、俺はあんな恥ずかしい二つ名を自分から言わねーよ!


 あり得ない……あり得ない……あり得ない……。


 俺は目の前で湧き上がるプレイヤーと、それに応える偽物タックに吐き気をもよおす。


「すまない、一ついいか?」

「また、君か? 何だい?」

「貴方は本物に【天下布武】の"ソラ"なのか? 何か本物であることを示せる証拠はあるのか?」


 これ以上目立ちたくはないが……それ以上に俺と【天下布武】の名を落とすのを見過ごすことは出来ない。


「俺が俺である証明か、難しいな」

「ならば、貴方が"ソラ"であると無条件に信じることは出来ない」

「例えば、俺の――言い換えればソラのオンラインIDをここで言ったとしよう。その英数字の羅列が本物であると君は判断出来るのかい?」


 オンラインIDはアカウントを作成した時に運営から付与されるコードだ。


 14桁だったか? オンラインIDは使う場面が一切ない。自分のオンラインIDを暗記しているプレイヤーなど皆無に等しいだろう。


「出来ないな」

「ならば、俺は何を示せばいい? 例えば、そうだ! この装備はどうかな? レベル30未満のプレイヤー――つまり、この階層にいるプレイヤーはどのような手段を用いても入手することは出来ない。この装備品をこの階層に存在するプレイヤーが入手する手段は一つ――メインキャラクターからの譲渡だけだ」

「なるほど。しかし、それは貴方がセカンドキャラであることの証明にはなるが、メインキャラクターが"ソラ"であることの証明にはならない。何ならその装備が入手出来る階層は――」


 偽物タックの言葉を論破しようとしたが、途中で俺の言葉は遮られる。


「結構! もう結構だよ! 信じたくないのなら、信じなくてもいい! 俺は善意から……ここにいる全員を助けたいから……この真実を告白したまでだ。俺を否定し拒絶する者までは救えない……君は君の好きな様に行動をすればいいさ!」


「そうだ! そうだ!」

「信じないならこの場から立ち去れ!」

「空気を悪くするんじゃねーよ!」


 偽物タックの取り巻きだろうか? 一部のプレイヤーが偽物タックを擁護し、俺を激しく責め立てる。


「わかった……水を差してすまなかったな」


 現状は多勢に無勢。


 このまま、偽物タックを否定し続けても俺が不利になるだけだ。


 この場から立ち去ろうとすると……


「リクさん……」

「リク……」


 ヒナタとメイが俺に声を掛ける。


「これ以上は何を言っても無駄だろう」

「ですが……」

「本当にいいの……? 彼が本物の『炎帝のソラ』だったら……」


 ヒナタとメイは不安そうな表情を浮かべ、俺へと何かを訴えかける。


「ヒナタ、メイ。君たちの知っている『炎帝のソラ』は初心者をナンパするような直結厨なのか?」


 俺は周囲のプレイヤーには聞こえないように小さな声で答える。


「ち、違います……」

「『炎帝のソラ』はあんなナンパ野郎じゃないよ! 硬派と言うか鈍感系主人公と言うか……とにかく、あんなことはしない!」


 え? 俺って鈍感系なのか?


 小説版の【天下布武】を執筆したメンバーとはじっくりと話し合う必要があるようだ。


「とにかく、今はここから出よう」

「はい」

「うん!」


 こうして、俺とヒナタとメイは異様な空気に支配されたイベントホールから脱出したのであった。



  ◆



 イベントホールから脱出した俺たちは、いつもの寂れた喫茶店で話し合うことにした。


「リクはやっぱりあいつは偽物だと思ってるの?」

「そうだな。100%偽物だと確信している」

「確信ですかぁ……理由を聞いてもいいですか?」


 メイから質問に強い意思を持って答えたが、次にヒナタから難しい質問を投げかけられた。


 理由――それは『炎帝のソラ』は俺だから。


 と、言えれば楽なのだが……。


 果たして二人は信じるだろうか?


 つい先ほど、"ソラ"を名乗る偽物が出たばかりだ。その後、俺まで"ソラ"を名乗ったらどうなる?


 悔しいが、あの偽物が言った通り――俺が俺であることの証明は難しい。


 ここで俺が名乗ったらどうなる?


 どちらが本物の"ソラ"なのか争いが起きるのか? ならば、それをジャッジするのは誰だ? と言うか、この問題をジャッジ出来るプレイヤーはいるのか? 少なくともこの階層にはいない。


 証明出来ない以上、下手したら二番煎じの俺が偽物の烙印を押される。


 答えに悩んだ俺は……一つだけ真実を告げることにした。


「俺も――リクもセカンドキャラだ。故に、あいつが偽物と断言出来る」

「え? そうだったの!」

「リクさんの強さを考えたら納得ですね」

「隠していてすまなかった……」


 俺は二人に頭を下げた。


「ん? ちょっと待って! リクがセカンドキャラなのはわかったけど……断言出来るってことは、ひょっとして『炎帝のソラ』本人を知ってるの!」

「はわわ……ひょっとしてリクさんが『炎帝のソラ』だったらどうしましょ!?」


 二人は俺の言葉から一つの事実に気付いて、慌てふためく。


「もし、仮に……俺が『炎帝のソラ』だ。と言ったらどうする?」

「ちょ! リクまであいつの真似とか止めてよね!」

「リクさんが『炎帝のソラ』だったら、凄いですけどぉ……流石にあの騒動の後にそれは笑えない冗談なのですよ」

「だよな……。とりあえず、俺は"ソラ"――『炎帝のソラ』をよく知っている。故に、あいつは偽物と断言出来る」


 余りに『炎帝のソラ』と言う、恥ずかしい名前を連呼したせいで、『炎帝のソラ』は俺とは別人のように思えてきた。


「んー……ってことは、リクのメインキャラクターは【天下布武】所属なの?」

「はわわ……アニメにも出てくる有名キャラクターだったらどうしましょ!?」

「とりあえず、今はノーコメントだ。さっきの偽物の言葉じゃないが、俺が俺であることを証明することは出来ない。今は、リクがセカンドキャラだった……とだけ、覚えていてくれ」


 ここで俺のメインキャラクターが"ソラ"だと告白したら、二人は信じてくれるかも知れない。


 しかし、今のこの現状で"ソラ"を名乗る者が二人いる状況は……よろしくない。消えるべきは偽物の方だが……如何せん、数も質も現状は向こうの方が上だ。


 俺は下手に混乱を招くより、正体を隠すことを優先することにしたのであった。

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