緊急クエスト最終日⑤

 緊急クエストの最後の仕上げとなった――遊撃隊vsゴブリンキング。


 序盤は遊撃隊が優位に戦いを進めていたのだが……


 ゴブリンキングのとある攻撃により、遊撃隊は劣勢を強いられていた。


「く、来るぞ……!」

「さ、散開! 散開せよ!」


 ゴブリンキングが大きく息を吸い込むと、遊撃隊のプレイヤーたちが慌てふためく。


「グォォォオオオオ!!」


 今俺の居る場所はゴブリンキングから100メートル近く離れているにも関わらず、大気が震えているのを感じる。


 ゴブリンキングが戦局をひっくり返したとある攻撃が――この咆哮であった。


 至近距離で咆哮を受けたプレイヤーは身が竦んでしまう。その間、タンクのプレイヤーは棒立ちになってしまい、その隙を突かれて耐久力に劣るアタッカーがゴブリンキングの鉈の餌食になる。


 非常にシンプルだが、強烈な咆哮からのコンビネーション攻撃により、戦局は大きくゴブリンキング優位へと傾いてた。


「咆哮対策が出来ないこの階層で、あの攻撃は反則にゃ!」


 咆哮対策と呼ばれる魔法が習得出来るのは上級職になってからだった。


「咆哮対策……? あれ? それって前と同じ方法はダメなの?」

「にゃ? メイねぇは咆哮対策を知ってるにゃ?」

「うん。リクに教えてもらった方法だけど……コレ」


 メイはそう言うと、第五階層の主――ミノタウロスを倒したときに活用した耳栓を取り出す。


「にゃ!? 耳栓とは……マニアックな攻略法にゃ」

「え? そうなの?」

「咆哮対策に耳栓を使うプレイヤーはかなり少ないにゃ。耳栓を使うと咆哮は封じられるけど、仲間とのコミュニケーションも封じられるにゃ」


 え? 耳栓ってマニアックな攻略法なのか……。


 俺はメイとヒナタに教えた耳栓による攻略がマイナーだったことを知り、ショックを受ける。


「ハンドサインによる連携は上級者の必須条件じゃないの?」

「にゃ? ハンドサインを使う旅団はあるけど、必須条件とは聞いたことないにゃ」

「えー! あんなにも頑張って覚えたのに!」

「頑張るほど複雑なハンドサインじゃなかっただろ……。後、俺は上級者の必須条件とかは言ってないからな」


 俺はメイの発言を弁解する。


「え? リクにぃたちはハンドサインを使えるにゃ?」

「正確には俺とメイとヒナタの3人が使えるな」

「むむ……悲しいです」


 俺の答えを聞いたヒロアキが肩を落とす。


「あのー……助けに入らなくてもいいのですか?」


 ゴブリンの数も減り防衛にも迎撃にも余裕が生まれ、無駄口を叩いている俺たちにヒナタがが問いかける。


「んー……助けに入りたいのは山々だが、俺のプレイスタイルは集団向きじゃないからなぁ」


 相手の攻撃を読み回避を主体に戦う俺のプレイスタイルは集団戦――特に初めて組む味方との集団戦には不向きであった。


「で、でも……! このままだと……!」


 勘違いしないで欲しいのは、何も俺は意地悪な気持ちで助けに入らない訳ではない。


 助けに入ってもいいのだが……


「遊撃隊! 下がれ! 一度、下がって体制を立て直せ!」


 必死の思いで指示を出しても、


「クッ……まだだ……俺たちはまだやれる!」


 肝心の遊撃隊が指示に従ってくれないのでは、どうすることも出来ない。


 この乱戦にも似た状況で、俺が助けに入ったところで、多少の戦力にはなるが戦局をひっくり返せるほどの動きは不可能だった。


 冷たいと言われるかも知れないが、俺の目的は緊急クエストをクリアすることであり、何よりも優先されることは俺を含めた仲間たちの生存だ。


 とは言え、このままにするのも不味いな。


 ゴブリンキングが咆哮を上げるたびに、防衛ラインを守っているプレイヤーたちの士気も下がっているように感じる。


 万が一遊撃隊が全滅したら……緊急クエストが失敗する可能性まで起こり得る。


 俺は遊撃隊が苦境を跳ね返すことを信じつつ、ぎりぎりのラインを見極めるのであった。


 そして、遊撃隊とゴブリンキングが激しい戦闘を繰り返すこと一時間――遊撃隊のプレイヤーから脱落者が現れた。


 圧倒的な強さを誇るゴブリンキングの存在を目の前にしたプレイヤーの間に不穏な空気が流れる。


 ここまでだな。


「ガンツさん! これより遊撃隊の救援に向かうぞ!」

「お、おう! ここは……いいのか?」

「クロ! ここの指揮は任せてもいいな!」

「はいにゃ! 任せるにゃ!」

「ガンツさんには、ゴブリンキングの周囲にいるゴブリンを任せてもいいか?」

「任せとけ! 準備はいいな! おめーら!」

「「「おぉー!」」」


 俺の要望に応えてくれたガンツとその仲間たちが武器を振り上げる。


「メイ、ヒナ、ヒロ! ゴブリンキングを討ち取るぞ!」

「うん!」

「はい!」

「承知!」


 仲間たちが力強く俺の声に答える。


「ヒロはヘイトコントロールとガードに集中! ヒナはヒロのHP管理を最優先に動いてくれ!」

「承知しました!」

「はい! お任せ下さい!」


 唯一ハンドサインが通じないヒロアキに簡単を指示を出す。


 準備は整った。


「これより、俺たちは遊撃隊の救援に向かう! ここの防衛は皆に託したぞ!」

「「「おぉー!」」」


 最後に防衛ラインを守るプレイヤーに言葉を残し、俺は魔力を練り上げる。


 ――《アクセル》!


 倒れたプレイヤーはまだ1人だけだが、生き残っている遊撃隊のプレイヤーも多くは瀕死状態だ。


 俺は周囲の景色がスローモーションに流れる加速した空間の中、遊撃隊の元へと疾走した。


「さ、下がるな! 下がると後列のプレイヤーを――」


 体力が厳しくなった遊撃隊のプレイヤーたちが、ゴブリンキングの射程から逃れようと後退する。


 しかし、瀕死のプレイヤーが後退すれば……ゴブリンキングは前進する。


 結果として、ゴブリンキングは己の射程圏内に後列のプレイヤーを捉える形となった。


「ギィィィイイイ!」


 ゴブリンキングは下卑た笑みを浮かべプレイヤーの血で染まった鉈を大きく振り上げる。


「イヤ……イヤ……イヤァァアア!?」


 ゴブリンキングと目の合ったヒーラーの女性が悲鳴をあげる。


 させるかよ! ――《パリィ》!


 俺はゴブリンキングの懐に潜り込み、振りおろそうとした凶暴な鉈に短剣を合わせる。


「――ッ!?」


 鉈の威力を全て無効化することは出来ず吹き飛ばされたが……ゴブリンをキングの攻撃は阻止出来たようだ。


「遊撃隊に告ぐ! 後退せよ!」


 俺は遊撃隊へと指示を出す。


「は、はい……」

「後退だー! 後退するぞー!」

「た、助かった……」


 俺の守ったヒーラーと、同じく後列に控えていたプレイヤーたちが後退を始める。


「まだだ……! 俺たちはまだ――」

「下がれ!」


 まだ戦う意思を見せる遊撃隊のプレイヤーの言葉を俺は強い口調で遮る。


「か、風の大将! やらせてくれ……ここまできたんだ……俺たちに――」

「下がれ! と言ったのが聞こえなかったのか? 己が自尊心を満たすために、全てのプレイヤーを巻き込むつもりか!」

「クッ……て、撤退だ! 遊撃隊撤退するぞ!」


 ようやく全ての遊撃隊が防衛拠点へと撤退を開始する。


「ギィィィイイイ!」


 撤退しようとする遊撃隊にゴブリンキングが殺意のこもった視線を差し向ける。


 ――《ウインドカッター》!


「おいおい、俺を無視するなよ?」


 風の刃を放った俺はゴブリンキングと対峙するのであった。

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