方針④

「セロの言うことは一理ある。だから、ソラが戻るまでの間はマイが団長でいいんじゃねーか?」

「ツルギ、話を理解していなかったのか? ソラは戻らない……いや、戻れない」


 ゆったりとした口調で話し出したツルギさんの提案に、セロさんが反論します。


「あぁ……確かに俺たちの知っているは戻れないかも知れないな。だが、あいつは今セカンドキャラでログインしているのは、セロも知っているだろ?」

「この目で確認はしていないが……昨日の報告だとそうなるな」

「だったら、あいつは間違いなく戻ってくるだろ。ソラじゃないかも知れないが……名前は……ん? なんだ? マイ、知ってるか?」

「いえ、教えてくれませんでした」

「カーッ……本当にどうしようもねー団長様だな。まぁ、名前はどうでもいいや。ソラはソラだ。あいつが大人しく低階層で待っているはずはねーからな」


 ツルギさんは苦笑を浮かべます。


「そうかもな」

「っしゃ! たまには副団長っぽいことを言うか! おい! お前たちはソラの強さに惹かれて【天下布武】に入団したのか? ちげーだろ? まぁ、あのフザケタレベルのPSもあいつの魅力の一つだが、それだけじゃねーだろ? あいつの性格……ん? 個性か? とりあえず、そんな感じのやつに惹かたんじゃねーのか?」


 ツルギさんは両手を広げ、周囲のメンバーを煽り立てます。


「だったら、愛すべきあの馬鹿の居場所を守ってやろうじゃねーか! そもそも、お前たちみたいな個性豊かなバカ野郎を纏められるのはソラだけかも知れないが……あのバカがいないと何もできねー腑抜け集団でもねーだろ? 俺たちは誰だ? 最強無敵の廃人集団――【天下布武】じゃねーか!」


「天下布武!」

「天下布武!」

「「「天下布武!」」」

「よっ! ツルギ男前!」

「ヒーーハーー! 【天下布武】!! Foooo!」

「さすがはツルギさん! 今の演説を配信したらPVエグかったぜ!」

「きゃー! そこにシビれる、憧れるぅ!」

「はい! 黒歴史戴きました!」

「バカ、バカってキングオブバカはお前だろ!」


 ツルギさんの言葉に応える形で、旅団メンバーたちが騒ぎ立てます。


「おし! キングオブバカって言ったやつ、後でデュエルな。とりあえず、ソラが戻ってくるまで団長はマイ! これが副団長としての俺からの提案だ!」


「賛成!」

「おー!」

「オッケー!」


 周囲の旅団メンバーたちが口々に賛同します。


「マイ、いけるよな?」

「……わかりました。ソラさんが戻るまでの間、団長をお引き受け致します」

「セロもいいよな?」

「ハッ。この雰囲気で反対は無理だろ。俺も賛成だ」


 こうして当面の問題が片付き、私たちは改めて上層を攻略する準備を始めたのでした。



  ◆



 その日の夜。


「おい! マイ! あの馬鹿やりやがったぞ!」


 執務室で旅団メンバーのパーティー編成を調整していると、ツルギさんが飛び込んで来ました。


「――? あの馬鹿? 誰のことですか?」


 ツルギさんの言う『あの馬鹿』は該当人数が多すぎます。


「ゼノンだよ!」

「ゼノンというと……【黄昏】のゼノンさんですか?」

「そうだよ!」


 【黄昏】――IGOを代表する超大手旅団の1つです。旅団員の数は上限の1,000人。個々のプレイヤースキルも高く、うちとは緊急クエストの主導権争いをよくしています。


 ゼノンさんは、【黄昏】の旅団長でした。


「それで、ゼノンさんが何をしたのですか?」

「スリーアウトルールが存在していることを証明してやる! と、さっき自決しやがった」

「は?」


 私はツルギさんの言葉を上手く理解できず、固まりました。


「だから、あの馬鹿……俺たちより先に第七一階層を踏破すると息巻いて、躊躇うプレイヤーを納得させるために自決したんだよ!」

「ハァ……何をしているのでしょう。それで、結果はどうなりました?」


 スリーアウトルールの有無は、最も知りたかったこの世界の仕様です。


「復活した。自決した直後、神殿で復活した。デスペナ付だがな」

「そうですか……。スリーアウトルールはそのままでしたか。しかし、そんな暴挙を……あのがよく許しましたね……」


 スノーホワイトは、管理と知略に長けた【黄昏】の副団長です。


 ゼノンさんは、猪突猛進と言うか短絡的と言うか……一部のプレイヤーからは人気が高いのですが、思慮に大きく欠けるプレイヤーでした。


 そんなゼノンさんが1,000人もの旅団員を擁する【黄昏】を運営できる訳がなく、実質的な管理はすべて副団長のスノーホワイトがしていることは周知の事実でした。


「それが……スノーホワイトはいないらしい」

「え? どういうことですか?」


 スノーホワイトは私たちと同じプロゲーマーです。毎日欠かさずログインしているタイプのプレイヤーのはずですが……。


「理由は不明だが、昨日のあの時間……スノーホワイトはログインしていなかったようだ」

「あの知識オタクのスノーホワイトが昨日のあの時間にログインしていなかった?」

「なんかソラみたいにセカンドキャラでログインしてるとか、体調を崩してるとか……色んな話はあるが、どれも噂の域を出ないな」


 【黄昏】の運営方針を定め、時には猪突猛進のゼノンさんのブレーキ役でもあるスノーホワイトが不在なのであれば……今回の暴挙は納得できます。


 精神的支柱である団長が不在の――【天下布武】。


 実質的管理者である副団長が不在の――【黄昏】。


 どちらがマシなのでしょうか?


 奇しくも、IGOを代表する2つの旅団は中心人物を欠いたまま、この異常事態を乗り越えることになったようです。


「んで、どうするよ?」

「どうするとは?」

「あの馬鹿、俺たちが第七一階層に向かわないからと、クソくだらないことを吹聴してるぜ」

「向かわないって……まだ1日も経ってないですよ?」

「それでもすぐに向かえるはずの俺たちが旅団ホームに籠もっているのが気に入らねーみたいだな」

「ハァ……幹部メンバーを集めて話し合いましょうか」


 その後、幹部メンバーと話し合い『どうせ挑むことになるなら、下見を兼ねてすぐに行こうぜ!』と言うツルギさんの意見、『スノーホワイトちゃんなしの【黄昏】に主導権を握られるのは危険だよぉ』と言うメグさんの意見、『世論を考慮するならポーズだけでも早めに取るべきだな』と言うセロさんの意見が採用され、翌日第七一階層へ向かうことになりました。

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