連携練習②
「メイ! "後退"の合図が見えなかったのか!」
「ごめん……見えなかった」
「今回はワーボアが相手だったからこの程度で済んだが、ミノタウロスが相手だったら死んでいた可能性もあったぞ!」
一人の行動の過ちで全滅したパーティーを俺はいくつも知っている。
余りにも完璧に無視されたので、俺はメイに激昂してしまう。
「で、でも……」
「戦いに"でも"はない!」
「リクさん、メイも反省しています。それに今回は練習ですから」
「そうだな。確かに、言い過ぎた。怒鳴ったりしてすまなかった」
俺はヒナタの言葉に冷静さを取り戻す。
俺は気を取り直し、二回目の練習に向けてのワーボアを探すことにした。
3分後。
ワーボアを発見した俺たちは、先ほどと同様の流れで連携の練習を開始した。
やはり言い過ぎたのだろうか、メイは落ち込んでいるのか、分銅には先ほどのキレがない。しかし、相手はワーボア。苦戦することもなく、順調に牙を折り最後の仕上げへと突入した。
「メイ、こちらを見ているだけではダメだ」
メイは先ほど怒られたのがよほどトラウマなのか、鎖鎌を手にしてワーボアの前には立つが、動きに精彩さはなく俺にばかり意識が集中している。
「うぅ……わかってる……わかってるよ」
メイは泣きそうな顔を浮かべながら、ワーボアを鎌で攻撃し始める。
――!
今だ! 俺は左手を後ろへと振る。
しかし、メイは精彩の欠く動きでワーボアに攻撃を続けている。
無理だな。
――≪ウインドカッター≫!
ワーボアがかちあげるより早く、放たれた風の刃がワーボアを両断した。
「そんなにも難しいか?」
今度は優しい口調を意識してメイに声をかける。
「う、うぅ……」
「大丈夫! 練習をしたら絶対に出来るようになるから! 次! 次に行きましょ!」
泣き出しそうなメイの前にヒナタが出て、明るく声を出す。
「そうだな。一朝一夕で連携は完成しないよな。次に進もう」
俺もヒナタ同様に明るい口調を心掛け、次なる練習相手を探すことにしたのであった。
◆
その後3匹のワーボアを討伐したが、”後退”の合図は成功することなく、メイは目に見えて落ち込んでいた。
「ふむ。メイ、何が難しい?」
改善の兆しが一向に見えないので、俺はメイに直接原因を尋ねてみることにした。
「無理! 無理だよ! 目の前の敵と戦いながらリクの合図を確認するなんて出来ないよ!」
広い視野を持つことはトップランカーの最低条件だが……視野を広くするのが最も難しい役割は近接アタッカーのプレイヤーだった。
後列にいる者なら全体を見渡せる。タンクも敵の動向に注力しなくてはいけないので、広い視野を持つのは難しいが、役割は防御のみだ。
ならば、近接のアタッカーは?
役割は攻撃だ。しかし、攻撃だけではなく目の前にいる敵の攻撃にも注意を払う必要があった。広い視野を確保することは難しく、それを補うためにタンクや視野の広い後列の仲間がフォローするのがパーティープレイだ。
要は、ワーボアへの攻撃と動向の確認をしながら俺に対しても意識を割くのは難しいと言うことだ。
俺はどうしてる?
目の前の敵に集中しながら、ほんの僅かなタイミング――0.1秒にも満たない時間で周囲をさらっと確認している。
しかし、それを意識しているか? と問われたら、答えは否だ。
IGOの戦闘だけに限らず、車の運転とかにも言えることだが……それは経験から培った技術であり習性だった。
そのやり方を口で説明するのは難しい。
んー……どうするかな……。
悩んだ末に俺はある方法を思いついた。
「いいよ……頑張って練習するから……」
静かに思考している俺を見て、メイが何を感じたのか元気なく呟く。
「メイは目の前のワーボアに集中しているから、俺の合図に気づかない、でいいよな?」
「うん」
「なら、合図を変えようか」
「え? どういうこと?」
「合図がメイの視界に入るようにする」
「リクが私の視界の先にいるってこと?」
「いや、それだと俺の立ち回りが限定される」
「じゃあ、どうするのさ」
「合図を――」
俺は新たな合図をメイに告げたのであった。
◆
6回目となる練習。
作戦を練り直した俺たちは再びワーボアを対峙する。
俺がヘイトを取り、突進を”散開”で回避し、角を折り……いよいよ問題の仕上げに入る。
「いっくよー!」
俺の攻撃に合図に従ってメイが鎌でワーボアへの攻撃を開始する。
先ほど伝えた合図だと成功する自信があるのか、メイの動きに精彩さが戻る。
メイが何度か鎌で切りつけ、ワーボアが瀕死になったその時――ワーボアの巨大な体が僅かに沈む。
今だ! ――≪ファイヤーショット≫!
俺はボーガンから炎を纏った矢をワーボアへと放つ。
熱を炎で告げられた”後退”の合図――≪ファイヤーショット≫を目にしたメイは攻撃を中断し、軽やかにバックステップを刻む。
ワーボアの渾身のかちあげは宙を切り、回避に成功したメイは隙だらけとなったワーボアの脳天にトドメの分銅を放った。
「うん! イケる! これならイケるよ!」
「やったな」
「メイ、おめでとう!」
大きく飛び跳ね、全身で喜びを表現するメイを見て俺もヒナタも嬉しくなる。
その後、実際に耳栓を付けた状態などで数回の練習を重ね、連携を磨き上げた。
「完璧だな」
「うん! どんな敵でもバッチコイ!」
「うふふ、メイったら」
準備は整った。
「今日は休んで、明日ミノタウロスに挑むぞ!」
「「おぉー!」」
俺たちが笑顔を浮かべて、明日に備えるのであった。
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