猫耳の幼女

「同じ存在とは……?」

「にゃ? お兄さんのお仲間さんはどこまで知ってるのかにゃ?」


 猫耳の幼女はチラッと仲間に視線を移し、確認してくる。


「どこまでとは?」

「そうだにゃ……例えば、ボクとお兄さんと『百花繚乱』の団長は同じ存在だにゃ。でも、『百花繚乱』の団長は偽物だけど、お兄さんは本物だにゃ」


 猫耳の幼女の言葉に俺は冷や汗を垂らす。


「お前は何者だ?」


 俺は目の前の猫耳の幼女の警戒心を高め、問い質す。


「ボクの名前はクロだにゃ! 以後、お見知り置きを! それでお兄さん、ここで話すかにゃ? 二人で話すかにゃ?」


 猫耳の幼女は勿体ぶるのではなく、俺のプライバシーを考慮して問いかけてくる。


「リク、この子は知り合いなの?」


 俺は今どんな表情をしているのだろうか? メイが心配そうに声を掛けてくる。


「どうだろうな? 少なくとも、このプレイヤー――クロとは初対面のはずだ」

「えっと……クロさんはリクさんのメインキャラクターのお知り合いと言うことでしょうか?」

「どうだろうな?」

「にゃにゃ!? お仲間さんはお兄さんがセカンドキャラクターと知っていたにゃ」


 リクがセカンドキャラクターと知っていれば、クロがどれだけ遠回しに言葉を選んでいても、正解に辿り着くのは容易だ。


 しかし、クロは何故俺がセカンドキャラクターであると一発で見抜いた?


 何より――『百花繚乱』の団長が偽物で、俺を本物と断言した理由は?


「知っているのなら、ここで話すかにゃ? それとも――」

「俺も答え合わせをしたい。二人で話そうか」

「了解にゃ!」

「すまない。少しだけ彼女と話をしてくる」


 俺は仲間たちに断りを入れ、少し離れた路地裏へと移動した。


「それで、何者だ? 何を知っている?」


 路地裏に入るや否や、クロを詰問する。


「落ち着くにゃ! さっきも言った通りボクの名前はクロ。今はしがないレベル29の職人で、お兄さんと同じセカンドキャラクターだにゃ」

「何故、俺がセカンドキャラクターだと一目で見抜けた?」


 メインキャラクターとセカンドキャラクターを外見上で区別することは不可能だ。『百花繚乱』の団長――タックのように分かりやすい上級装備を身に付けでもしない限りは区別することは出来ない。


「ボクは《鑑定》のスキルレベルも10だにゃ」


 ――!


 俺はクロの一言で、抱いていた全ての謎を理解した。


 この世界には『未鑑定品』などと言うアイテムは存在しない。ならば、《鑑定》とは何を鑑定するのか?


 答えは、そのアイテムの性能や情報であった。


 《鑑定》が無くても、自身の持っている装備品なら性能を知ることは出来たが、《鑑定》があれば他者の装備品の性能と――"情報"を知ることが出来た。


 “情報”には――そのアイテムの出自情報も含まれていた。


 今クロの目には俺の左手に装着しているエメラルドグリーンの指輪がこのように見えているはずだ。


『シルフィードの祝福

 効果 風属性の効果向上

    成長補正(AGI)

 出自 第七〇階層 エルダードラゴンより』


 《鑑定》スキルは情報サイトを作るプレイヤーの必須スキルとも言われていた。


「なるほどな……。ってか、クロさんはいつからこの階層にいるんだ?」


 《鍛冶》スキルと《鑑定》スキルを共にレベル10まで上げるのは至難の業だ。毎日熟練度を稼いだとしても一年はかかる。


 そして、一年もあれば余裕で第二一階層より上に到達している。


「にゃはは、クロでいいにゃ。ボクはこの世界が遮断される半年前からこの階層にいるにゃ」

「それは、元の世界の時間でか?」

「そうだにゃ」

「と言うことは、この世界で一年半もこの階層に留まっていたのか」


 俺はクロの答えに呆れ返る。


「熟練度を上げるにはプレイヤーからの依頼を受けるのが一番にゃ。第二一階層より上に行くとライバルがいっぱいいるにゃ。でも、ここなら独占なのにゃ。セカンドキャラクターだったから攻略は焦ってなかったのにゃ」

「なるほど。それでセカンドキャラクターで遊んでいたら、遮断されたと」

「にゃはは……まさか、こんな事態になるとは思っていなかったにゃ」


 クロは苦笑を浮かべた。


「それで、どこまで気付いているんだ?」

「んー……『百花繚乱』の団長が偽物で、お兄さんが本物ってことくらいかにゃ?」

「エルダードラゴンを倒したことのあるプレイヤーのセカンドキャラクターとなったら、絞られるか」

「第五一階層以上ならわかんにゃいけど、この階層なら見当を付けるのは余裕だにゃ」


 クロはにゃははと楽しそうに笑う。


「ちなみに、クロのメインキャラクターは俺の知っているプレイヤーなのか?」

「どうかにゃー? 緊急クエストで一緒に防衛したことはあるけど、直接の面識はにゃいかにゃ?」

「そんな、にゃーにゃー言うプレイヤーだったら記憶に残りそうだけどな」

「にゃはは! この喋り方はクロ限定にゃ!」


 にゃーにゃー言うのは、クロ独特のロールプレイングのようだ。


「そうだにゃ! ソラさん……それともリクさんだったかにゃ?」

「今の俺はリクだ。ってか、やはり俺がソラだと気付いていたか」


 俺は久しぶりに呼ばれた『ソラ』と言う呼称に少しむず痒くなる。


「にゃはは。ここまでヒントがあって分からない方がおかしいにゃ。『天下布武』の団長は切れ者と評判だったけど、意外に抜けてたにゃ」

「ほっとけ! こんな低階層に《鑑定》をカンストした変態がいるとは思わないだろ」

「変態とは失礼だにゃ。それより、お仲間さんはお兄さんがソラと知ってるのかにゃ?」

「いや、知らないな」

「良いお仲間さんに見えたけど、言わないのかにゃ?」


 クロは首を傾げる。


「あいつらは信頼出来る最高の仲間だよ。でもな、クロなら俺が――ソラであることを確認出来る。でも、他のプレイヤーはどうだ? 俺がソラであることも証明出来ないのに、どうやって俺をソラと証明する?」

「にゃにゃ……それは……」

「しかも、すでに俺の偽物が幅を利かせてる。ここで俺がソラと名乗ったら……面倒なことになると思わないか?」

「にゃるほど……」

「それにあいつらは今の俺――ソラじゃなくてリクである俺を信頼し仲間になってくれた。俺は今の関係で十分に満足している」

「わかったにゃ。じゃあ、ボクもソラ……じゃなくてリクの正体を隠した方がいいかにゃ?」

「そうしてくれると、助かる」


 ソラと言う存在は良くも悪くも影響力が大きい。今の俺ではその影響力に振り回されてしまう。


「リクさんとの答え合わせも終わったところで、本題に入ってもいいかにゃ?」

「本題?」


 クロは笑顔を消して、真剣な表情で俺の顔を覗き込むのであった。

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