クロからのお願い

「ボクをリクさんの仲間に入れて欲しいにゃ」

「俺の仲間? 【天下布武】に入団したい……ではなく、俺――リクの仲間になりたいってことか?」

「そうにゃ」


 クロは大きく頷く。


「えっと、俺は無所属だから……仲間と言うのは、固定パーティーを組みたいってことか? それとも、ただフレンド登録をしたいってことか?」

「リクさんと固定パーティーを組みたいにゃ」

「ちょっと待て! 俺とクロは初対面だよな?」

「そうにゃ」


 突然のクロからの申し出に俺は慌てふためく。


「会っていきなり、固定パーティーを組んでくれ! と言われても、困るな」

「そこを何とか! お願いするにゃ!」


 クロは必死に頭を下げて、食らいつく。


「そこまで必死になるからには……何か理由があるのか?」

「ボクはこの階層で上げれるスキルを全て上げたのにゃ」

「は?」


 俺はクロの言葉に驚愕する。


 基本職――『職人』は全ての生産職の基本となるクラスだ。


 故に、基本職の中では習得するスキルの種類が多く、生産と言う観点から熟練度をカンストさせるのはキツいスキルが多い。


「だから、ボクは《鍛冶の心得》も《裁縫の心得》も《錬金の心得》も《調合の心得》も《鑑定》も……ついでに《斧》レベルは6だにゃ」

「は? 変態かよ……」


 生産職のスキルは一つをカンストさせるだけでも、苦行だ。それを全四種、更には《鑑定》までカンストさせているのは、変態と言わざるを得ない。


「失礼にゃ。努力の結果と……ちょっとしたファーストからの贈り物の結果にゃ」

「あぁ……ファーストからアイテムと金を受け取っていたら……可能か」

「そうにゃ」


 クロの言うファーストとはファーストキャラクター。つまりは、メインキャラクターのことだ。


「それで、理由と言うのは?」

「第二一階層に――上級職になりたいにゃ」

「なるほど。生産職故に戦闘は不慣れか」

「そうにゃ……」

「クロはこの階層に長くいたんだろ? 連れて行ってくれるフレンドとかいないのか?」


 職人とは言え、パーティーを組めば第二〇階層を突破することは可能だ。と言うか、突破出来なかったら第二一階層以降に生産職のプレイヤーがいなくなってしまう。


「フレンドは皆先に第二一階層に行ったにゃ」

「ギルドに依頼は?」

「目ぼしいプレイヤーはほとんど第二一階層に行っちゃったにゃ……。残っている高レベルのプレイヤーは、この階層に留まるプロ初心者のプレイヤーか……『百花繚乱』の連中だけにゃ」


 クロは猫耳を垂らして、落ち込みながら話す。


 プロ初心者と言うのは、さっき会ったガンツのようにレベルがカンストしているにも関わらず第二〇階層以下に留まるプレイヤーたちを指していた。


「んで、『百花繚乱』の連中は上を目指す気はないと……」

「そうにゃ。恐らく、上に行ったら偽物とバレるから……行かないにゃ。どうしようもない連中にゃ!」


 クロは怒りを露わにする。


「と言うことは、固定パーティーと言うか……第二一階層までの護衛をすればいいのか?」


 現在俺のパーティーは定員である4名だ。5人目の仲間を受け入れるのはデメリットが大きい。


 しかし、階層主だけであるなら……経験値の減少は勿体無いが、クロは優秀な生産職プレイヤーだ。繋がりを持つのは悪くない。


「違うにゃ! ボクがお願いしているのは、リクさんとの固定パーティーにゃ!」

「ん?」

「第二一階層に到達しても……その先第二五階層、三〇階層、三五階層……と、階層主の壁は立ち塞がるにゃ! ボクは第五一階層に……ファーストの仲間と合流したいのにゃ!」


 クロの願いは俺と同じようだ。


「第五一階層までの固定パーティーか……そう言われると、少し困るな」

「そこを何とかお願いするにゃ!」

「クロと固定パーティーを組むとなると、一つ大きな問題が生じるな。後、これは俺が感じる問題と言うか……クロが感じる問題も一つある」

「ボクが感じる問題にゃ?」


 クロが首を傾げる。


「クロが俺とパーティーを組みたい理由は――俺が『ソラ』だからだよな?」

「ゔ……そ、そうなるにゃ……」


 クロは気まずそうに視線を泳がせる。


「いや、別に俺がソラだったことは事実だ。その理由を責めるつもりはないが……今の俺はリクだ」

「それはわかってるにゃ! それでもボクは……リクさんに……ソラさんだったリクさんに、ボクの全てを賭けたいにゃ!」

「過分な評価に恐縮だが……一ついいか?」

「何にゃ?」

「今の俺は――風属性だぞ?」

「問題ないにゃ! 風属性とは言え、リクさんはソラさんにゃ! 『炎帝のソラ』が『風帝のリク』になるだけにゃ!」


 『炎帝のソラ』って……一部のマニアが知っているだけの名称じゃないのか?


 ひょっとして、昔から俺は周りのプレイヤーに陰で『炎帝のソラ』と……恥ずかしい異名で呼ばれていたのか?


「ま、まぁ……クロがいいと言うなら問題ないが……もう一つ大きな問題がある」

「わかっているにゃ」


 俺の言わんとすることを理解しているのか、クロはゴクリと固唾を飲み込む。


「すでに俺は四人パーティーを組んでいる」


 俺は最大の問題点をクロに告げたのであった。

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