強化

 俺たちはおっさんを置き去りにし、工房を目指した。


 この町の相場は壊れているので、目指すべき工房はプレイヤーが運営している貸し工房ではなく、NPCが運営している工房だった。


「少しでも安く済ませる為に、プレイヤーが運営している工房を探すのが普通なのだが……今はNPCが運営している工房を目指すのか……世も末だな」


 俺は思わず、『百花繚乱』によるハラスメントが蔓延している町の状況に愚痴を零す。


「リクって時々おっさんみたいになるね」

「ほっとけ」


 メイが楽しそうに笑いながらからかってくる。


「まぁ、NPCならどこも一緒だし……ここでいいか」


 俺は視界に入ったNPC運営の工房へと向かうことした。


「そういえば、この世界って元はゲームじゃないですか?」

「そうだな」

「お店で品揃えが違う……とかなら分かるのですが、何で同じサービスを同じ値段で提供するNPCがこんなにも存在しているのですか?」


 工房へと足を運んでる中、ヒナタが些細な質問を尋ねてきた。


 ヒナタの言うとおり、第二の町だけでもNPCが運営している工房は10を超える。通常のゲームであるなら、リソースの無駄遣いと言わざる得ない。


「この町は鍛冶で発展したって背景があるのと、NPCと一言で言っても、高度な自立成長型のAIと言うのも理由の一つだと思うが……大きな理由はもう一つあるな」

「何ですか?」

「さっきも言った通り、この世界は高度な自立成長型のAIが管理している。遮断された今となっては俺たちプレイヤーと変わらない存在なのかも知れない」

「確かに、普通に会話が成立しますよね!」


 NPCに恋をするプレイヤーもいるくらいだし、NPCとの恋を成就させた強者も存在している。


「そして、この世界は高度な自立成立型AIが管理しているが故に、普通のゲームなら起こり得ないことも起こるんだ」

「何ですか?」

「NPCとは言え、売れない店は潰れるんだよ」

「え? そうなんですか!」

「まぁ、普通の店はNPCも利用しているから潰れるってことはあまりないが……稀に同じサービスを提供しているNPCで潰れるお店は出てくる」

「わわっ……ゲームの世界なのに世知辛いですね」


 ヒナタは驚きを露わにする。俺はこの世界で倒産したNPCを直に見たことはあるが、あの時は心底驚いた。NPCなのに『閉店セール』って何だよ! と話題にもなった。


「まぁ、今の状況はゲームの世界とは言えないけどな。そして、本題だが……この町の鍛冶職人が倒産しない理由は――強化とジンクスだな」

「強化とジンクスですか?」

「この世界の装備品はランクによって強化出来る限界が決まっているのだが……後半になればなるほど強化の成功率が落ちるんだよ」

「ふむふむ」

「例えば+1なら成功率は100%。+2なら成功率は95%。って感じで5%刻みで減少する。この階層にはいないが、一部のプレイヤーやNPCは成功率を高めるスキルを保有している」


 強化値の限界は、Eランクで3回。Dランクで5回。Cランクで7回。Bランクで10回。Aランクで13回。Sランクは破格の20回だ。


 つまり、最高ランクであるSランクの装備品を+19から20に強化する為には、最低5%――最高峰のスキルを保持していても10%の壁を超える必要があった。


 俺は仲間に強化についての軽い説明をした。


 ちなみに、ソラの装備品は全てSランクの+20だが……あれは血も滲む努力の賜物だった。


 強化がトラウマになり、新しい装備品を獲得しても……その後の強化を考えると憂鬱になる……は、トップランカーの間ではあるあるだった。


「それに、失敗すると強化にかかった費用も素材も全部消えるんだよ」

「え? 返却されないのですか?」

「失敗したのに、費用も取られるの!」


 今は鉄鉱石なんて軽い素材だから失敗のダメージは少ないが、レア素材が消失したときの喪失感は凄まじかった。


「費用が返って来ないのは、職人も技術料以外に諸経費がかかっているからだな」


 プレイヤーの中には失敗した時は、技術料相当の金額を返金する者もいた。


「まぁ、要は強化っていうのはギャンブル要素が強い。故にジンクス――ゲン担ぎで特定のNPCを利用するプレイヤーが多いんだよ」


 前回、あのNPCで連続成功した、などの幸運のジンクスもあれば、中には強化値が偶数の時はあのNPCと決め打ちするプレイヤーも存在していた。


「だから、多くの職人NPCが残っている……と言うことですか?」

「そうなるな。ヒナタも強化の深い沼に堕ちたら……その気持ちはわかると思うぞ」


 思わぬ立ち話で時間を浪費してしまったが、俺たちは改めて目的地であるNPCが運営している工房に足を運ぼうとするが――


「お兄さん、お兄さん! ひょっとして工房を利用するのかにゃ?」


 猫耳を生やした黒髪の幼女が声を掛けて来た。


「工房の利用と言うか、職人への依頼だな」

「ふーん。ここはNPCが運営する工房だにゃ」

「わかっている」

「ってことは、お兄さんは『百花繚乱』じゃにゃい?」

「俺の背中にマントが見えるか? 生憎と俺たちは無所属だ」

「これは、失礼したにゃ。お詫びと言ったらにゃんだけど、ボクが手伝おうかにゃ?」


 猫耳を生やした幼女が屈託のない笑顔を浮かべて、問いかけてくる。


「手伝うと言うと……?」

「ボクはこう見えてもレベル29の職人だにゃ。鍛冶スキルも10だからお兄さんのお手伝いを出来ると思うにゃ」


 基本職で習得出来るスキルレベルの上限値は10。つまり、目の前の幼女はこの町で最高峰の職人プレイヤーと言うことになる。


「有り難い話だが、この町でレベルが29の職人で、鍛冶レベルが10なら……NPCが運営する工房の前で客引きなんかしなくても……引く手あまただろ?」


 レベル29はこの町の最高レベルだ。まして、生産職のスキルレベルを、この階層でカンスト(10)まで育てるのは至難の業だ。


 立て看板の一つでも出せば……プレイヤーは押し寄せてくるだろう。


「にゃは! ボクにも色々な事情があったりするのにゃ。それに、ボクは客引きをする為にお兄さんに声を掛けたんじゃにゃいよ?」

「どういうことだ?」


 幼女は警戒する俺を物ともせずに、一気に距離を詰めてくる。


「それは、ボクがお兄さんと同じ存在だから……と言ったら、伝わるかにゃ?」


 幼女は不敵な笑みを浮かべるのであった。

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