連携練習①

「俺が左腕を横へと振ったら"散開"、左手を大きく振り下ろしたら"攻撃開始"、左手を後ろへ振ったら攻撃停止の"後退"――ハンドサインは以上だ」

「え? それだけ?」

「回復の指示とかはないのですか?」

「これ以上ハンドサインの種類を増やしても混乱するだけだろう。回復に関しては、ヒナタはメイのみに集中していればいい」

「リクさんは?」

「被弾=死、だろうから気にしなくていい」

「《アクアシールド》とかも使えますよ?」


 ヒナタは用心深い性格なのだろう。色々と細かい質問をしてくる。


「今回に限っては、ヒナタが取るべき行動は攻撃と回復のみでいい」

「攻撃ですか?」

「《アクアショット》は使えるだろ?」

「は、はい」

「ミノタウロスは大きい。外すことはないだろう」

「わかりました」


 ヒナタは覚悟を決めたのか、大きく頷く。


「さて、それじゃ練習開始だ。最初はヘイト管理も兼ねて俺が攻撃を仕掛ける。攻撃の合図をしたら、メイは分銅で、ヒナタは《アクアショット》でワーボアの牙を狙ってくれ」

「へ? うちは分銅で牙を狙うの?」


 メイは分銅よりも鎌の部分での攻撃を得意としていた。


「ミノタウロスの角は部位破壊できる。それの予行練習だな」

「おぉ! 何が作れるの?」

「大剣と短剣だったかな」

「えー! 鎖鎌は?」

「鎖鎌は第九階層のダンジョンでレアドロップがあったから、ミノタウロスの角が折れたらお礼に付き合ってやるよ」

「約束だからね!」

「へいへい……んじゃ、行くぞ!」


 ――《アクセル》!


 俺は自身の敏捷性を大きく加速させ、刹那の時間でワーボアの目の前に移動した。


 ――《スラッシュ》!


 ワーボアに斬撃を浴びせ、


 ――《ライジングスラッシュ》!


 跳躍し、短剣でワーボアを下から斬り上げる。


「グルルルル!」


 激昂したワーボアは僅かにその巨体を沈め、


 この予備動作は――


 巨大な角で俺を突き刺すべく、大きく全身をかちあげるが、


 食らうかよ。


 俺は予備動作の時点で後方へとステップし、ワーボアのかちあげを回避した。


 ヘイトは十分に溜まったか?


 俺は左手を天へと掲げ、静かに振り下ろした。


 振り下ろされた左手の動き――"攻撃"の合図を確認したメイとヒナタから、後方から攻撃を仕掛ける。


 鋭い風切り音と共に鉄の塊――分銅が俺の横を通り過ぎてワーボアの顔面に命中。続けざまに、圧縮された水の弾――《アクアショット》がワーボアに命中する。


「狙うのは顔面じゃなくて、牙だぞ!」


 俺は後方から懸命に分銅を振るうメイへと声をあげる。


「わかってるわよ!」


 メイは苛立ちを含む口調で返事をし、手元に戻した分銅を振り回し、再度ワーボアへと放つ。


「惜しい! もうちょい右だな」

「わかってるわよ!」


 俺はワーボアの攻撃を回避し続けながら、メイの分銅の行方を逐一知らせる。


「お、命中!」


 三回目の投擲でようやく分銅が牙に命中すると、ワーボアは前脚で地面を蹴り始める。


 俺はタイミングを見定め、左手を大きく横へと振る。すると、俺の手の動きに合わせたようにワーボアはメイへと突進し始めた。


 猪突猛進。


 直線にしか動けないが、その突進の速度は速く、食らえば大ダメージ必至の攻撃だ。


 ワーボアが突進したせいで安全圏となった位置から、俺はワーボアの行方を観察。


 "散開"は成功か。


 メイとヒナタは左右に素早く広がり、ワーボアは誰もいない空間へと突っ込んでいた。


 その後、再びワーボアの前へと移動した俺は適度にヘイトを稼ぎ、同様の流れを繰り返す。


 分銅が三回命中したところで、ワーボアの牙が折れた。


「メイ! 牙が折れた! 次は鎌で攻撃を仕掛けろ!」

「もう一本の牙はいいの?」

「そこまでしたら、その前にコイツが死ぬ」


 今回の目的はワーボアの討伐でも牙集めでもなく、連携の練習だ。


 俺は最後の合図――"後退"の練習へと移行することにした。


 メイはこれまでの分銅の鬱憤を晴らすかのように、ワーボアを鎌で斬りつける。


 "後退"の合図を出す前に死なないよな? と、心配したその時――ワーボアはその巨体を僅かに沈めた。


 俺はすかさず左手を後ろへと振ったが、メイは俺の"後退"に合図に気付かずワーボアを攻撃し続ける。


 まじかよ……。


「ヒナタ! メイにヒールを!」

「は、はい!」

「え?」


 俺の声にようやく反応したメイが動きを止めた瞬間に、ワーボアは残った鋭い牙でメイを上空へとかちあげた。


 メイがやられることはないが、練習はここまでだな。


 ――《ウインドカッター》!


 俺は風の刃で瀕死となっていたワーボアにトドメを刺したのであった。

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