緊急クエスト①

誤算

 脳内に鳴り響くシステムアラート。


 ――??


 は?


 脳内に鳴り響くシステムアラートに俺は混乱する。


 緊急クエスト……? いや、まさか……あり得ないだろ……タイムスケジュールは完璧だった……はず……。


 俺は不意を突かれた現象――脳内に鳴り響くシステムアラートを必死に否定する。


 しかし、目の前にポップアップしたシステムウィンドウが、必死に否定する俺に現実を突きつける。


『緊急クエスト警報発令! 60分後に緊急クエストが発令されます!』


 何度も目にしたことのある文章に、俺は愕然とする。


「え? え? ど、どういうこと?」

「緊急クエスト……は、まだ先のはずじゃなかったのですか……」

「むむ……これは……」

「ふにゃ!? 緊急クエスト警報の発令にゃ!」


 俺に全幅の信頼を寄せていた仲間たちも困惑する。


「リク、何で? 緊急クエストが発生するのは……まだ先じゃなかったの?」

「これも……遮断された世界で変更された仕様なのでしょうか……」

「むむ……リク殿、どう致しますか?」


 メイ、ヒナタ、ヒロアキの三人が俺に視線を集める。


 緊急クエスト発生日の仕様を変更……?


 あり得るのか?


 課金アイテムの要素以外は、遮断前からの仕様を頑なに守っていた世界なのに……緊急クエストに限って仕様を変更するとか……あり得るのか?


 動揺する俺たちを尻目をクロだけが、冷静に地面に何かを書いていた。


 クロは何をしている?


 クロは地面に、縦に5、横7つのマス目を書き順番に数値を記入していた。


 あれは……カレンダー?


 ――!


 クロのやりたいことを理解すると、緊急クエストが発生した原因も同時に理解出来た。


「わかったにゃ!」


 二ヶ月分のカレンダーを仕上げたところでクロが声をあげる。


 クロが地面に書き上げたのは4月と5月のカレンダー。


 IGOのサービスが開始されたのは20X△年4月24日。


 そして、この世界が遮断されたのも20XX年4月24日。


 緊急クエストは毎月24日〜25日の二日間に渡って開催されるが――


 24日が日曜日の時に限り、二日間前倒しして開催されていた。


 20XX年4月24日は金曜日だった。


 そして、20XX年5月24日は――日曜日だった。


 言い訳をするなら、プロゲーマーであった俺は現実世界の曜日感覚がほとんど無かった。


 この世界がゲームだった頃であれば、ログインする前のお知らせで緊急クエストのずれ込みを確認出来ていたが……遮断された世界では、ログインと言う機能が喪失していた。


 言い訳をどれだけ重ねても許されない……これは俺のミスだ。


「リアル曜日は失念していたにゃ……」

「え? ウソ! うちら遮断されているのに!? 何それ? 働き方改革!? だったらうちらは24時間年中無休で働いてるのと一緒じゃん!」


 クロは俺と同じ過ちを悔い、メイは怒りを爆発させる。


「それで……リクさん、どうしますか?」


 ヒナタの問いかけをきっかけに、全員の視線が俺へと集まる。


「今回は俺のミスだ……。本当にすまない……」


 俺は声を絞り出して仲間たちに謝罪する。


「リクさん、気に病まないで下さい」

「リク殿……辛いなら私の胸を貸しますぞ」

「それを言うならリクにぃと同じ立場で気付かなかったボクも同罪だにゃ」


 ヒナタ、ヒロアキ、クロが俺に慰めの言葉をかけてくれる。


「ねね、リク一つ聞いていい?」


 そんな重苦しい空気の中、メイが軽い口調で尋ねてくる。


「どうした?」

「うちらって結構頑張ってたよね? 経験値稼ぎは……あのバカたちのせいで計算は狂ったけど、アレ以上の効率で稼ぐのは無理だったよね?」


 メイの言葉に俺は先日までしていた経験値稼ぎのことを思い出す。


「そうだな……アレが精一杯だった」

「なら、リクは悪くないじゃん。例え、曜日を把握していて、緊急クエストが今日発生すると知っていたとしても……どうしうもないよね?」

「そうかも知れないが……気付いてさえいれば他にも取れる手段が……」

「ないよ! うちらは最短ルートを最効率で突っ走って来た。違う?」

「……」


 メイの言葉に俺は押し黙る。


「だからさ、悪いのはリクじゃないよ! ――『百花繚乱』だよ! あいつらがいなかったら、もっと早くレベルが上がってて、今頃第二一階層に到達してたし……そもそもこの階層で緊急クエストを受けたくない元凶があいつらだからね!」


 メイは早口捲し立て、責任を俺から『百花繚乱』へと転嫁する。


「そうですよ! 悪いのは『百花繚乱』です!」

「そうですぞ! 悪いのは『百花繚乱』ですぞ!」

「言われてみたら、そんな気がするにゃ!」


 盲目の愛故か身内同士の庇い合い――或いは、仲間としての絆故か、4人の温かい言葉に俺は目頭が熱くなる。


「ありがとうな」


 俺は声を絞り出して仲間たちに対して心の奥底から湧き出た感情を言葉にして伝えた。


「それで、どうするにゃ?」


 冷静さを失っていなかったクロが具体的な話題へと切り替える。


「今から一時間以内に第二一階層に到達するのは不可能だ。とは言え、今から引き返しても入口にある転移装置まで戻ることも不可能だ」

「ここは大人しく、身体を休めるのが得策かにゃ?」

「そうなるな。その前に……クロ?」

「何にゃ?」


 緊急クエストが発生するのは1時間後。今から俺たちが出来ることなど、身体を休める程度だった。


「前に仲間同士で貸し借りを作りたくない……とか、偉そうなことを言ったが……クロに頼みがある」

「何にゃ?」

「アイテム――薬のストックは十分にあるか?」


 今から町まで戻るのは不可能だ。緊急クエストが発生すれば、町で買い物することも不可能になる。


 しかし、クロは《調合の心得》もカンストしていると言っていた。


 ならば、調合したアイテム――薬の在庫を大量に抱えている可能性は高い。


「にゃはは! バッチリにゃ! 薬は売るほどあるにゃ!」


 クロはVサインをして答える。


「良かった。ならば――」

「っと、その前に、ボクから薬を渡す為の条件を伝えるにゃ」


 クロは笑みを消し、真剣な表情になる。


「条件を教えてくれ」


 俺は生唾を飲み込み、真剣な表情で応じる。


「ボクたちは仲間にゃ。薬は渡すけどお金を払うとか無粋な真似は止めて欲しいにゃ。後、薬は渡すけど……これは貸しじゃないにゃ! リクにぃ、メイねぇ、ヒナねぇ、ヒロにぃ……4人の生存がボクの生存に繋がるにゃ。だから、遠慮なく受け取って欲しいにゃ」


 クロは最後に笑みを浮かべて、インベントリーから大量の薬を取り出した。


「わかった……本当にありがとうな」

「クロちゃん最高!」

「クロちゃん、ありがとうございます!」

「クロ殿に百万の感謝を……!」


 俺たちはクロの好意に甘え、感謝の言葉を伝えた。


「それじゃ残り……45分か。僅かな時間だが、休息を取ろう」


 俺たちは緊急クエストに備えて、休息を取るのであった。



  ◆



 緊急クエスト開始時刻。


『スタンピードが発生しました。冒険者の皆様は防衛拠点を駆使して押し寄せる魔物の大群からタウンを防衛して下さい』


『これよりプレイヤー各位の強制転送を開始します』


 システムウィンドウの文章が立て続けに流れると同時に、俺たちは抗えない強制的な力で光の粒子となって、緊急クエストの舞台――第十一階層へと転送されたのであった。 

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