初心者ヒーラー

 問題児魔法――《アクセル》の試運転も兼ねて更に経験値稼ぎをすること3時間。


 腹も減ったし、装備品の見直しもしたいからはじまりの町に戻るか。


 経験値稼ぎを切り上げてはじまりの町に戻ろうとすると、


「イヤァァァァー!」


 甲高い少女の悲鳴が聞こえてきた。


 PK……は、この階層だと無理だよな?


 IGOにはPK――プレイヤーがプレイヤーを襲うシステムが実装されている。


 但し、それは第五一階層以降から解禁されるシステムだ。


 俺は悲鳴の聞こえた方向へと足を進めた。


「なるほど」


 俺は目の前の光景を目にして、悲鳴の意味を理解した。


 目の前には、木製の杖を手にした一人の少女が4匹のホーンラビットに囲まれていた。


 木製の杖は見たところチュートリアルで冒険者ギルドから貰える木の杖。つまり、目の前の襲われている少女は初心者であることを示していた。


 下手に手助けすると、横ヤリと言うハラスメント行為になってしまう。


 さて、どうすべきか?


 一度の横ヤリ程度で運営から注意されることはない。但し、相手がインフルエンサーの様な影響力のあるプレイヤーだと悪評は一気に広がる。


 木の杖を持ったインフルエンサーはいないよな? しかし相手が有名な動画配信者で『初心者プレイ配信中☆』とかだと、悪評は一気に広がる。


 ふむ……明確な意思でも示してくれると助かるのだが。


 4匹のホーンラビットに襲われている少女の観察を冷静に続けていると、少女と目が合った。


「あ、あのぉ……た、た、たすけて下さい!」

「助けるのは構わないが、俺が倒すと経験値のほとんどがこちらに入るけど、大丈夫?」


 こんなご時世だ。慎重な対応は必要だろう。


「は、はい! お、お願いします!」


 本人の明確な意思は確認した。流石に編集してまで俺を陥れることは無いだろう。


 俺は少女を助ける為に行動を起こす。


 ――《ウィンドカッター》!


「キャッ!?」


 一迅の風の刃が少女のすぐ側にいたホーンラビットの首を刎ね飛ばすと、少女が小さな悲鳴も漏らす。


 ――《アクセル》!


 俺は一気に加速して少女の前へと移動すると、


 ――《パリィ》!


 突き出されたホーンラビットの鋭い角を短剣で弾き、


 ――《ムーンスラッシュ》!


 態勢を崩したホーンラビットと近くにいたホーンラビットを纏めて片手剣で薙ぎ払う。


 こちらとモンスターの間に一定の距離を開くことに成功した。


「えっと、見たところを魔法重視のキャラクターだよな? 属性は?」


 俺は全ての敵は倒さず、幾匹かはこの少女にトドメを譲るべく攻撃手段を確認する。


「は、はい! み、水属性です!」


 あちゃー。よりによって水属性かよ。


 火属性であればファイヤーボール。土属性であればアースバレット。死に属性と言われる風属性ですら、ウィンドカッターと攻撃手段があるのだが、水属性のみが、唯一初期の魔法が《ヒール》と回復魔法であった。


 水属性の初心者が、杖を装備して……ソロ活動とか自殺志願者かよ……。


「えっと……とりあえず、自己回復して」

「は、はい! ――《ヒール》!」


 トドメを譲るのは厳しいな。


 俺は目の前のホーンラビットを殲滅すべく、武器を構えるのであった。


  ◆


 ――《スラッシュ》!


 最後まで残ったホーンラビットの首を刎ね飛ばした。


「大丈夫か?」

「は、はい! 助けていただきありがとうございました!」

「水属性の初心者にソロは厳しい。冒険者ギルドでパーティーメンバーを募集した方がいいかな」

「は、はい……」

「それじゃ、失礼する」


 俺はどこぞのしつこいおっさんと違って、簡単な助言だけを残し、この場から立ち去ろうとする。


「あ、あのぉ……」


 しかし、立ち去ろうとする俺に少女が遠慮気味に声を掛けてくる。


「ん? まだ、何か?」

「え、えっと……あの……その何て言えばいいのでしょうか……わ、私は最近始めたばかりで……え、えっと……」


 少女は緊張した面持ちでまとまりのない言葉を紡ぐ。


「奇遇だな。俺はこのキャラを今日始めたばかりだ」

「えっ? 本当ですか? それであの強さ……」

「正確にはリアル時間で3時間前に始めたばかりかな」

「えっ……ウソ……私よりも初心者さん……? 失礼ですが、レベルは?」

「3だな」

「えっ……ウソ……今日始めてもうレベルが3なのですか!?」


 少女は俺の言葉にいちいち大げさに驚く。


「話は以上かな? それじゃ縁があれば、またどこかで」

「あ!? ま、待って!」

「ん?」

「わ、私の名前はヒナタと言います!」

「初めまして。俺の名前はリクだ」

「リクさん、よ、よ、よければ……私たちと一緒にパーティーを組んでくれませんか?」


 少女――ヒナタは俺に対して深く頭を下げたのであった。

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