祝勝会
祝勝会の会場は【青龍騎士団】の旅団ホームだった。
開始時刻の5分前に到着できるタイミングで宿屋から出発した。
「あ! そういえば、祝勝会ってこのままの格好でいいの?」
「メイはコスチューム持ってないだろ?」
「うん」
「用意まではしなくていいだろ」
コスチュームとは見た目のみを変化させる防具のような服だ。
オンラインゲームという仕様上見た目のみを変化させるコスチュームは人気の品で、性能は皆無なのだが割高だった。
第五一階層のハウスに辿り着けば、倉庫にたくさんのコスチュームを保管してあるが、今はコスチュームに手を出す余裕がなかった。
「ここが【青龍騎士団】の旅団ホームか」
伝えられた位置を頼りに辿り着いた先には、西洋の城をモチーフにした巨大な建造物が建っていた。
「うわぁ……おっきいねー」
「動画で見た【天下布武】の旅団ホームよりも大きくないですか?」
「一回り以上大きいな」
「【青龍騎士団】は旅団メンバーが1,000人いるにゃ。対して、【天下布武】は……」
「俺を含めても、128人だな」
クロの視線を受けて、俺は【天下布武】の旅団メンバーの数を答える。
「あれ? 【天下布武】って最強だよね?」
「何を
「【天下布武】の強みはメンバー全員がアクティブにして廃人なことにゃ。戦国時代で言うなら、メンバー全員が一騎当千にゃ」
全員がアクティブ、それこそメンバー全員が毎日欠かさずログインしているような旅団は【天下布武】くらいだろう。
そういう意味でも【天下布武】は特殊な旅団だった。
「そういう訳で規模的に考えたら【青龍騎士団】の方が圧倒的に上だな」
雑談を適当に切り上げ、【青龍騎士団】の旅団ホームに足を踏み入れると、入口に受付が用意されていた。
参加費は1人1,000Gか。
式場の準備や、提供される飲食を考慮したら、参加費としてはかなり格安だ。
今回の緊急クエストは【青龍騎士団】の指揮で、Sランクが達成できたのだ。御礼も兼ねて5,000Gくらいなら要求しても文句はでないだろう。
参加費を準備して、用意されていた台帳に名前を書き込もうとしたが、
「――!? 『風の英雄』御一行様は、今回のスペシャルゲストです。参加費は不要となります。また、団長のアイリスが皆様をお待ちしております。こちらへお越し下さい」
「いやいや、参加費は払うよ」
「困ります。風の英雄御一行様から参加費を受け取ってしまっては、後で私が叱責されてしまいます」
叱責って……【青龍騎士団】は指揮系統ががっちりしてるようだ。
このように言われては、無理やり参加費を払うわけにはいかなくなる。
結局、俺たちは参加費を支払うことなく受付をしていたプレイヤーの案内に従った。
「皆さま! お待ちしておりました!」
案内された先の部屋には、白を基調としたシンプルながらも品のあるドレスを纏ったアイリスが待っていた。
「本日はお招きにあずかり、ありがとうございます」
こういうパーティー関連のマナーはマイに嫌と言うほど叩き込まれた。
俺は
「わぉ! リクが紳士だ!」
「流石はリク殿ですな」
「わわっ……本日はお、お招きにあずかり、ありがとうございます!」
「本日はお招きにあずかり光栄ですにゃ」
紳士たる俺の態度をメイが茶化し、ヒロアキは嬉しそうに何度も頷き、礼儀正しいヒナタは必死に挨拶をし、クロは慣れた様子で挨拶をした。
「こちらこそ、ご参加いただきありがとうございます」
アイリスも恭しく頭を垂れ、こちらの挨拶に応える。
「さてと、挨拶も終わったところで……一つ確認だ。俺の正体は隠したままにしてくれると助かるが、いいかな?」
「リクさんのお望みとあれば、喜んで」
「ありがとう」
俺はアイリスに礼を告げる。
「ねぇねぇ、祝勝会ってこんな雰囲気なの? うち、マナーとか自信ないけど、大丈夫かな……」
「にゃはは。今のはお偉いさん同士の挨拶……で、合っているかにゃ?」
「はい。祝勝会は無礼講です。ご安心下さい」
「ホッ……良かったぁ」
「とは言え、MVPのメイはスピーチがあるけどな」
「うげ……アイリスさん、本当にあるの……?」
「はい。メイさんがお望みなら、スピーチの場を設けさていただきますね」
「わわわっ! 望んでない! うちは全然望んでないよー!」
「はっはっはっ! アイリスさん、ありがとう。素敵な祝勝会になりそうだな」
メイに代わり俺はアイリスに礼を告げた。
「それでは、皆さま! お席にご案内しますね!」
案内された席は壇上に近い最前列の席で、円形の机の周りには椅子が8つ用意されており、すでに先約が座っていた。
「お! リクたん、遅かったですな!」
「メイっち! やほー!」
「みなさん、先ほどぶりです」
座っていたのは遊撃隊として共に戦った、カナメ、アケミ、イセの3人だ。
「立食じゃないとは、かなりお金をかけてるにゃ」
「祝勝会で立食じゃないのは珍しいよな」
祝勝会は立食形式がほとんどだ。適当に準備した机の上に食事を用意し、後は参加者がご自由にどうぞ……というのが一般的だった。
「ねね……飲み物はドリンクバー方式?」
「ドリンクバーって……手を挙げたら【青龍騎士団】が雇ったNPCが持ってきてくれるし、恥ずかしいならあそこに行けば好きな飲み物くれるだろ」
パーティーに初参加のメイは勝手がわからないのか、フワフワとしている。
「あ! 私が皆さんの分を取ってきますよ!」
ヒナタが立ち上がると、
「ヒナねぇ、NPCはホストから正当な対価を貰ってるから、遠慮せずに頼んだほうがいいにゃ」
クロはそう言うと手を挙げてNPCを呼び、全員の飲み物を用意させた。
「わぉ! クロちゃん、おっとなー!」
「クロちゃん、ありがとうございます」
この味は……高級なワインだな。全員から1,000Gを集めても、とんとん……いや、【青龍騎士団】の出費の方が大きいな。
美味しいワインに舌鼓を打っていると、
「皆さん、本日は当旅団主催の祝勝会にご参加いただきありがとうございます。そして、緊急クエストお疲れ様でした!!」
「「「お疲れ様ー!」」」
「「「お疲れっしたー!」」」
「「「っす!」」」
「「「うぉぉぉおお!」」」
アイリスの挨拶で会場のボルテージが一気に高まる。
「まずはMVPである――『闇の戦乙女』メイ様! ご挨拶をお願いします!」
「ふぇ!?」
慌てふためくメイを見て、俺は立ち上がり拍手を送った。すると、俺の拍手に触発されたのか会場のあちこちから拍手や指笛、歓声が巻き起こった。
「メイ、がんば!」
「メイ殿の勇姿しかと見届けますぞ」
「メイ、頑張って!」
「メイねぇ、ファイトにゃ!」
「メイっち、ふぁいと!」
「メイさん、頑張って下さい!」
最後に、仲間たちと共に声援を送ると、メイはたどたどしい足取りで壇上へと向かった。
「あ、え、えっと……は、初めまして。み、みんなのお陰でMVPになれました……あ、ありがとうございましゅ」
メイは終始下を向きながら挨拶を述べ、最後は盛大に噛んだのだが……
「「「うぉぉぉおおお!」」」
高尚なスピーチなんてここに集まっているプレイヤーは誰も期待していない。盛り上がればなんでもいいのだ。
「メイ!」
「「メイ!」」
「「「メイ!」」」
巻き起こるメイコールの中、当の本人は赤面しながら下を向いていたのであった。
「ナイススピーチ!」
俺は戻ってきたメイにサムズアップをすると、
「はっはっはっ! 初々しさが良かったですぞ!」
「メイ、お疲れ様」
「メイねぇ、輝いていたにゃ」
仲間たちも口々にメイを褒め称えた。
さてと、後は乾杯をしたら飯を食いながら雑談。ひょっとしたらビンゴ大会とかあるかも知れないが……基本は自由行動だ。
適度に飯を食って、アイリスたちに挨拶をしたら抜け出すか。
気楽な気持ちで椅子に座っていたが……
「メイ様、素敵なご挨拶をありがとうございました! 続きまして、今回の立役者である――『風の英雄』リク様に乾杯のご発声を賜りたく存じます!」
……は?
「リークッ! リークッ!」
先ほどの仕返しとばかりに、メイは真っ先に立ち上がり、俺の名前を連呼しながら手を叩く。
「「「リークッ! リークッ!」」」
メイが鳴らした手拍子はあっという間に周囲で伝染する。
「リク、がんば♪」
「リク殿の勇姿! この眼に焼き付けますぞ!」
「リクさん、頑張って下さい!」
「にゃはは! 因果応報にゃ」
「リクたん……うぉぉぉおおお!」
「リクっち、ふぁいと!」
「リクさん、期待してますね」
仲間たちの声援に押され、俺は壇上へと向かった。
はぁ……ったく、面倒だな……。
俺は軽く咳払いをし、覚悟を決める。
「初めまして。ご紹介に預かりました、リクです。まずは、アイリス様、並びに【青龍騎士団】の皆様、このような盛大な祝勝会にお招きいただきありがとうございます」
俺はアイリスに向き直り、頭を下げる。横目で自分のいた席を見てみれば、メイは口を大きく開けて驚いている。
ハッ! 何を期待していた? こう見えても、【天下布武】の旅団長だぞ? 今回のような対応はマイに叩き込まれていた。
「今回のSランクという素晴らしい結果は、指揮をとってくれたアイリスさん、そして【青龍騎士団】の皆様、そして、何よりここにいる皆様の成果です!」
ホストを立てつつ、全員を褒めろ……とか、マイに言われた記憶がある。
「今私たちは未曾有の事態に巻き込まれています。しかし、そんな時だからこそ……我々プレイヤーは手を取り合って助け合うことが大切です。我々は1人じゃない! こんなにも多くの……頼れる仲間たちがいるのです! 今後も皆で協力して苦難を乗り越えましょう! っと、堅苦しい挨拶はここまでにして、皆様グラスをお取り下さい」
何事も経験だな。意外にスラスラ言えた挨拶に自己満足を覚える。
全員、グラスを持ったかな。
「我々の勝利を祝して――乾杯!」
「「「乾杯!」」」
こうして始まった祝勝会は3時間に及び、俺は途中で抜け出そうとしていたが、結局色々なプレイヤーに捕まり二次会、三次会と……遅い時間まで盛り上がったのであった。
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