第六話 赤白鳥の奏鳴(6)


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 数的不利を抱えたことで守備意識は図らずも上がるが、今日に限っては怪我のこうみようによる好転を期待出来ない。キックオフ直後から、守備意識はこれ以上ないくらいに高いからだ。

 おうろうのセーブでピンチを切り抜けたレッドスワンは、再び翔督の攻撃を跳ね返し始める。

 この試合、唯一の決定機を生み出したてんは、奇襲攻撃を成功させようと、再三、敵の裏のスペースを狙っている。とはいえ、この状況で快速ウイングをばなしにしてくれるほど、甘い敵ではない。翔督はフレッシュな天馬にマンマークをつけ、レッドスワンの反撃の芽を完全に潰していた。

 そして、ゲームは誰もが想像出来なかった形で、再び大きく動く。

 しつようなマークを受け始めた天馬は、裏への飛び出しを諦め、状況を打破するために守備へと戻る。マンマークにつかれた自分よりも、右サイドでコンビを組むおにたけ先輩が攻め上がった方が効果的と判断したのだ。

 出来ることと出来ないことを見極め、自分の願望を殺してでも、チームのためにベストな選択をする知性。それを先生はこの数ヵ月で、天馬に叩き込んでいる。

 その時、天馬が選んだプレーは、チームのため以外の何物でもなかった。ところが、そんな天馬の自己犠牲が、最悪のシーンを生む。

 キックオフ直後こそ決定機を作ったものの、それ以降、エースのクラウディウスはおりに封じ込められており、ゴール前ではチャンスを演出するのが精一杯だった。

 クラウディウスはラフプレーでレッドスワンのキープレイヤーを二人、負傷退場に追いやっている。接触プレーに対する負い目があるからか、最前線の中央で力を発揮するプレイヤーなのに、伊織の圧力に負け、いつの間にかペナルティエリアの外へと追いやられていた。

 積もりに積もったフラストレーションを発散でもするかのように、クラウディウスはゴール左からミドルシュートのモーションに入る。

 いち早く気付いたのは、サイドの守備に走っていた天馬だった。

 天馬は中央へ切り返すと、シュートコースを消すためにスライディングを試みる。

 クラウディウスのシュートは早かった。スライディングは完全に間に合っていない。

 しかし、次の瞬間、予期せぬ光景が生まれる。

 シュートがゴールマウスを大きく外して蹴られたために、遅れてスライディングに入った天馬のすねに当たり、そのままゴール方向へと跳ね上がってしまったのだ。

 冗談みたいにボールが宙に浮き、ニアサイドでシュートに備えていたGKゴールキーパー、央二朗の頭上を越えていく。

 咄嗟に後ろにステップを踏み、央二朗は手を伸ばしたが、彼のリーチでは届かない逆サイドへとボールは吸い込まれていく。

 まるで覚めない悪夢でも見ているような、そんな軌道だった。


 アディショナルタイムに突入する直前、後半四十四分。

 最悪の形で先制点が生まれる。

 天馬が触っていなければ、シュートはゴールマウスから大きく外れていた。

 得点者はクラウディウスではない。

 僕らはオウンゴールによって、翔督にリードを許してしまったのだ。


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