エピローグ

エピローグ(1)


 県大会を制し、二十二年振りとなる高校選手権への出場を僕らが決めた日の夜。

 第九十四回高校サッカー選手権大会の『応援マネージャー』が発表になった。

 例年、高校選手権にはなを添えるため、大会ごとに現役高校生の女性芸能人から一人が選出され、テレビ中継や関連番組にイメージガールとして出演するのだ。今年度、応援マネージャーとして選ばれたのは、今やCMで見ない日はないとまで言われる若手女優、さくらざわななだった。

 僕らと同じ十七歳にして、CM出演本数が十を超えるという彼女は、映画やドラマ、モデル業で幅広く活躍している。テレビをあまり見ない僕ですら、名前と顔を認識している有名人だ。新潟市の出身であるらしく、部内にも彼女のファンは多い。

 応援マネージャーは開会式にも参列する。トーナメントで勝ち上がれば、直接、会うことだって出来るかもしれない。就任が発表された翌日、日曜日の練習では、何人かの部員たちが憧れの女優に会える日を夢見て妄想を膨らませていた。

 その日の練習後、監督とのミーティングで、僕は新たな指令を受けることになった。

「今日から高校選手権まで、GKゴールキーパーの指導をゆうに任せたいの。かえでおうろうに全国の舞台を想定したトレーニングを積ませて欲しい」

 フィールドプレイヤーとGKでは、その練習法に大きな差異がある。

 全国大会に向けてさらなる戦術をチームに浸透させるため、先生はフィールドプレイヤーの指導に集中したいらしかった。

「優雅はかいせい戦のハーフタイムに、楓にはまだ足りない部分があるって指摘していたよね。楓はその素質を生かし切れていない。優雅もそう感じていたんでしょ?」

「それは、まあ、そうなんですけど。楓が僕の言うことを聞くとは……」

「むしろ優雅の言葉だから届くんじゃないかな。楓が認めている人間は一人だけだもの。私、あの子の才能を引き出せるのは優雅だけだと思う」

 監督のサポートは望むところである。しかし、楓の妹、あずさちゃんに憧れられているせいで、僕らの関係性は最悪だ。梓ちゃんが次年度、あかばね高校に入学し、サッカー部のマネージャーを務めることになれば、楓の僕に対する怒りは、さらにじよちようされることになるだろう。

「……挑戦はしてみますけど、手詰まりになった時には助けて下さいね」

「忘れたの? 偕成を倒したのは優雅だよ。一年前に言った通りになったじゃない。『君はいつか、きっと誰よりも偉大な指揮者コンダクターになる』。私、あの時の言葉を今でも信じてるの」

 どうして、この人は大人なのに、こんなに純真な目で笑うんだろう。

「多分ね、世界中の誰よりも、私が優雅に期待しているよ」


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