第一話 年満月の月天心(3)ー2
前年度優勝校、鹿児島青陽のキャプテン、
堅苦しいだけの式典になど、興味が
本日はこのまま開幕戦の一試合のみが実施され、大半の高校は明日、十二月三十一日の
開幕戦のカードはトーナメントの逆側だ。偵察の必要がないため、開会式が終われば、すぐに宿舎へ戻ることになっていた。
マスコミや野次馬に捕まっても面倒である。早々に引きあげようと思ったのだけれど……。
「
チームメイトたちと共にトラックから出たところで、聞き覚えのある声が背中に届いた。
振り返った先にいたのは、選手宣誓をおこなった青陽の鈴羅木だった。誰もがその顔を知る選手が僕に声をかけてきたからだろう。周りにいたチームメイトたちも歩みを止める。
「三日後の試合を楽しみにしているよ。日本代表経験のある選手と戦えるなんて光栄だ」
爽やかな笑顔で鈴羅木は握手を求めるように手を伸ばしてきた。
J2のクラブに加入が内定している鈴羅木槍平の実力に疑いはないが、そんな選手であっても年代別日本代表に招集されるのは難しい。アンダー世代の日本代表は、その大半がクラブチームに所属している選手だからだ。
「僕はもう日本代表ではないですよ」
「それは怪我をしていたからだろ。君が出場した試合のVTRを取り寄せて研究したんだ。二年前の映像だったのに、率直に言って、出場選手すべての中で君のことが最も怖いと思った」
差しのべられた手に応じなかった僕の手を取り、鈴羅木は無理やり握手をする。
「君のような選手と戦えることを嬉しく思うよ。ただ、俺たちにも王者の誇りがあるからね。試合では絶対に止めて見せる」
実力がある上に謙虚。その上で親子鷹という物語性まで有している。
レッドスワンと青陽が激突する二回戦のチケットは、既に完売していると聞く。
注目を集める両校の選手が接触しているからだろう。周囲にマスコミが集まり始めていた。
遠慮なく浴びせられるフラッシュの中で……。
「榊原楓君」
あくびをしながら横を通り過ぎていった三馬鹿トリオの背中に、鈴羅木が声をかけた。
楓が立ち止まり、鈴羅木は僕にしたように握手を求める。
「選手権予選のVTRを見たよ。君は本当に良いGKだね」
鈴羅木は
「あ? 誰だよ、てめえ。俺、サインとか握手とかお断りだから」
楓は
「おい、楓。対戦相手には敬意を払え」
即座に横にいたキャプテンの伊織が、楓の頭を
「やめろ。俺の髪に触るな。
「初戦で当たる青陽の鈴羅木さんだ」
伊織の説明を受け、楓は目を細めて彼の顔を
「ああ、なんか見たことがあるような気はするな」
「当たり前だろ。さっきまで選手宣誓をしていたんだから」
榊原楓は今、メディアが一番その姿を捉えたい選手である。気付けば幾つものカメラやビデオが僕らの周囲をぐるりと取り囲んでいた。
「あの下らねえ選手宣誓を
あまりにも予期せぬ発言だったからだろう。笑みを浮かべていた鈴羅木の表情が固まる。
周囲を取り囲むマスコミにもざわめきが走った。
「中身のねえ話を、ぐだぐだ続けやがって。てめえの話になんて興味ねえんだよ。風邪でも引いたら、どうすんだ。お前らと違って俺たちは一試合で終わりじゃねえんだぞ。反省しろ」
言いたいことを言って、すっきりしたのだろう。実に晴れ晴れとした顔で楓は歩き出す。
「なあ、楓。今の爽やかぶってた奴、誰?」
「七海チャンハ何処デスカー!
「リオ、やめろ! マジで七海に見つかったらどうすんだ!」
マスコミも青陽の選手たちも凍りついていたが、三馬鹿トリオは周囲の空気を読むことなど絶対にしない。
「おい、待てよ!」
三馬鹿トリオたちが十メートルほど歩いたところで、鈴羅木が声を
その顔から先ほどまでの余裕ある笑みが消えている。
「悪いな。サインはお断りだって言っただろ」
振り向きもせずに、楓は手だけでぞんざいにあしらったが、
「待て、榊原楓! 君は本当にそんな態度で、大会に出場するつもりなのか?」
「あ? さっきから、うるせえ奴だな。五月の
「高校選手権はすべての高校生の憧れの舞台だ。俺たちは夢に破れた多くの選手たちの想いを受け取って戦わなきゃならない。神聖な大会なんだ。応援マネージャーが告白するくらいだ。きっと、君も素晴らしい
「だから話が
「君のような男には、選手権の舞台に立って欲しくない」
「だから知らねえっつってんだろ。お前はルールブックなのか? はいはい。偉い偉い。三日後には四国に帰るんだから、せいぜい想い出作りに励んでおけよ」
「帰るのはそっちの方だろ。大体、俺たちが帰るのは九州だ」
「……知ってるよ。わざと間違えただけだ。雰囲気的には大阪の辺りだろ?」
「まさか君は本当に馬鹿なのか?」
楓のナチュラルな挑発を受け、青陽の選手たちが僕らに激しい敵意の視線を送っていた。
王者として大会随一の注目チームに胸を貸してやる。きっと、当初はそんな気持ちでいたのだろうけれど、今や彼らのハートに燃える火は、確実にその種類を変えていた。
身の程知らずの新興勢力を徹底的に叩き潰す。
レッドスワンを見つめる青陽の選手たちからは、はっきりとそんな意思が感じられた。
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