第一話 年満月の月天心(4)


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「それ、私、凄く見たかったな。誰か携帯電話で動画を撮ってないの?」

 かえですずそうへいのやり取りはマスコミにも見られていた。先生にも報告しておいた方が良いだろう。そう判断しておりと共に先生の下に出向くと、のうてんな反応が返ってきた。

「何だかんだ言っても楓は大物よね。さくらざわななのことでメンタルを心配していたんだけど、平常運転だったなら安心だ」

「開会式の間中、ずっとふてぶてしい態度を見せていました。本当、いつ注意されてもおかしくなかったと思います」

「仕方ないんじゃない。楓にとっては何の意味もない式だったんだろうからさ。ま、入場行進や選手宣誓が本当に必要なら、ワールドカップでもおこなわれるはずだよね。うちはシードに入っていたから気にしなかったけど、もしも一回戦を戦うことになっていたとしたら、私は体調管理を考えて皆を欠席させたがったかも。そもそも開会式をやる暇があるなら、すべての一回戦を今日実施して、日程を調整した方が大会のクオリティも上がるんだけどな」

 確かに、インターハイもそうだが、この手の大会は理不尽な日程ばかりだ。

「楓の暴言で、青陽の選手が私たちを倒そうと意気込んだのなら好都合ね。頭に血を上らせた相手ほどぎよしやすいものはない。作戦を進めやすくなる」

 今日までの一ヵ月間、僕らは初戦で戦う青陽の対策を徹底的に練ってきた。

「ただ、楓にはいつか正しい意味でも、精神的に成長して欲しい。サッカーは採点競技じゃない。敵がいなきゃ成立しないスポーツでしょ。対戦相手へのリスペクトも最低限は必要なものだもの。マインドゲームを戦術の一つにしている私が言っても説得力がないだろうけどさ」

 苦笑するように告げてから、世怜奈先生は再び真剣な眼差しに戻る。

「話を本題に戻そうか。今、私たちが抱える最大の懸念事項は、櫻沢七海の動向よね。楓の妹の話じゃ、相当な策士なんでしょ? 生放送での告白が計画的なものだったなら、開会式でも動いてくると思ったんだけどな」

 高校選手権の開会式は地上波で放送される。イメージガールとして大会に華を添える応援マネージャーは、例年であれば入場行進で全チームの先陣を切っていたはずだ。

「開会式と開幕戦、それに決勝戦くらいだと思うんだよね。選手と応援マネージャーが同じ場所に集まる機会は。レッドスワンが決勝まで勝ち残れると信じているのなんて、それこそ私たちくらいだろうし、彼女が楓へのアプローチをかくさくするなら今日だと思っていた」

「彼女の事務所は所属タレントの恋愛を禁止しているそうです。彼女はそのルールを破ろうとしたわけですから、何かしらのペナルティがされたんじゃないでしょうか」

「もしくは、これ以上イメージ戦略に誤算が生じないよう、身動きを無理やり封じられたってところか。夜に放送される特番なら録画で済む。あんなことがあった以上、事務所はしゆうもくの前に彼女をさらしたくないはず」

「じゃあ、楓があの子に振り回されることはもうないと思って良いんでしょうか」

「そう信じたいし、事務所の良識にも期待したいところだけどね」

 あまりにも畑違いの世界過ぎて、芸能界の事情なんて想像もつかなかった。


 僕らの希望的観測が当たったと判断しても良いのだろうか。開会式がおこなわれたその日も、各地で一回戦が実施されたおお晦日みそかも、特筆すべき出来事は起こらなかった。

 世怜奈先生は十一月の末日に記者会見を開いて以来、取材をすべて断っている。

 どうやってレッドスワンの宿泊先を調べたのか、連日、宿舎にはスポーツ記者や報道関係者が現れているものの、世怜奈先生は誰一人相手にしていない。


 一月一日、金曜日。

 宿舎でチームメイトと共に迎えた新年。元日だというのに、翌日に決戦が迫っているせいで、新年が始まったという気がまったくしなかった。

 明日の今頃には、青陽との戦いに決着がついている。敗北をきつすれば翌日には新潟に戻ることになるし、勝利をつかんだとしても、翌日の三日には三回戦が待ち受けている。

 大晦日の一回戦を経て、僕らが三回戦で戦う敵は二チームにしぼられた。

 世怜奈先生に青陽との決戦に集中してもらうため、三回戦で当たるかもしれないチームの戦力分析は、僕がメインでおこなうことになっている。場合によっては、そのまま三回戦の指揮を執ってもらうとも言われていた。

 高校選手権ではレギュレーションにより、各試合に二十名を登録し、交代要員の九名から四人までを交代させることが出来る。レッドスワンの部員は二十三名であり、敵に警戒を抱かせるために僕がベンチに入るせいで、各試合、三名が登録メンバーから外れることになる。明日、登録から外れる三人は、怪我で万全の状態ではない二人の二年生と、一人の一年生だ。

 登録メンバーの二十名は、コンディション調整のために、二日前から起床と就寝の時間を毎日、細かく管理されている。年末年始は時間の感覚がおかしくなりやすい時期だが、の厳しい監視にあい、三馬鹿トリオですら規則正しい生活を送っていた。

 一方、僕はメンバーを外れる三人に手伝ってもらい、連日、三回戦の対戦相手を研究することに時間を費やしていた。大晦日だった昨晩も三人と共に、ほとんど徹夜の勢いで二チームの戦力分析を進め、何のじようちよもないまま新年を迎えている。

 選手に遅れて目覚めた後でも、が変わったという実感がなかった。


 現時点ではかわざんように過ぎないものの、順調に勝ち進めた場合、今後の日程はこうなる。

 一月二日、土曜日。二回戦、鹿児島青陽戦。

 一月三日、日曜日。三回戦。

 一月五日、火曜日。準々決勝。

 一月九日、土曜日。準決勝。

 一月十一日、祝日の月曜日。決勝戦。

 準々決勝と準決勝の間こそ中三日になるが、極度の過密日程であることは間違いない。

 レッドスワンは選手層が薄い。優勝を目指すなら、なるべく主力に疲労を蓄積させず、怪我を避け、イエローカードのるいせきにも気をつけて、戦っていかなければならない。

 大会ではベンチ入り出来る役員の数が五名以内と規定されている。裏を返せば、他府県代表の強豪チームには、それだけ多くのスタッフがいるということだ。一方、レッドスワンでベンチ入りするスタッフはわずかに三名。監督、マネージャーの、そして、世怜奈先生の依頼を受けて、まいばらようたしの病院から派遣された医師である。

 決勝まで勝ち進めば、チームは実に二週間以上、合宿先に滞在することになる。世怜奈先生は医療スタッフとして現役の医師に帯同してもらうことで、大会期間中のあらゆる怪我に、即座に対応出来る体制を整えていた。

 お金を使って出来ることもすべてやる。それが世怜奈先生のスタイルだった。


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