第一話 年満月の月天心(3)ー1


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 長く密度の濃い一ヵ月だった気もするし、あっという間の一ヵ月だったような気もする。

 十二月三十日、水曜日。

 第九十四回、全国高校サッカー選手権大会の開会式が開催された。

 開会式は四千を優に超える高校が出場したれつな予選を勝ち抜いた、四十八の代表校が入場するところから始まる。

 右膝に爆弾を抱えていても、競技場を行進するくらいであれば問題ない。僕が持つ元年代別日本代表の肩書は、それだけで対戦相手へのプレッシャーとなる。無駄な対策を立てさせるために、十分に存在をアピールしてこいと言われ、僕もトラックを歩くことになった。

 キャプテンのきりはらおりはたを手にチームの先頭を行き、僕はおにたけ先輩とづき先輩に挟まれて三列になった選手たちの最前列を歩く。

 開会式が終われば、この会場ですぐに開幕戦がおこなわれる。開幕戦に登場する両校の関係者が、多く詰めかけていると推測されたし、開会式には全国各地から高校サッカーファンがつどっているはずだ。新潟を離れさえすれば、僕への黄色い声はやむと思っていたのに……。

「相変わらず、『ガラスのファンタジスタ』はとんでもない人気だな」

 隣を歩く副キャプテンの鬼武先輩が、呆れ顔で呟いた。

 ブラスバンドの演奏に負けない勢いで、あらゆる角度から僕の名前が聞こえてくる。

 そもそも何故、皆、僕のことを『ゆう様』と呼んでくるんだろう……。

「優雅、膝は大丈夫か? 無理するなよ。つらくなったら肩を貸すからな」

 僕のなんて普段は心配したこともないくせに、反対隣から葉月先輩がささやいてくる。

 葉月先輩は目立つことが大好きなため、注目を浴びる場所では必ず僕を隣に置いておきたがる。学力が壊滅状態の葉月先輩にとって、今大会はサッカー推薦で大学進学を勝ち取るためのラストチャンスである。先輩が自主練習をする姿なんて入学以来、一度も見たことがなかったのに、選手権出場を決めて以降は、ほぼ毎日のようにフリーキックの精度をみがいていた。

「目立ちたいなら僕じゃなくて、楓の隣の方が良かったんじゃないですか? 女の子たちの注目はともかく、テレビカメラが映しているのは楓だと思います」

 三馬鹿トリオは最後尾を好き勝手なペースで歩いている。開会式にはユニフォーム姿で参加するようにという通達があったのに、寒がりな楓は、たった一人、チームジャージをり、両手をポケットに突っ込んで面白くなさそうに歩いていた。

 例年、開会式には応援マネージャーも出席する。しかし、事務所に止められたのか、さくらざわななは開会式を欠席していた。彼女とさかきばらかえでのツーショットに期待して集まったマスコミは、盛大な肩透かしをくらったことだろう。

「楓の隣は駄目だ。あいつはイメージが悪いからな。この行進は好感度が高いお前を利用して、大学関係者に俺の存在をアピールする最初のチャンスだ。そんなわけで優雅、いつでも足を引きずって良いからな。むしろ、早く痛めてくれ。俺の肩はお前のためにあけてある」

「おい、優雅。葉月のざれごとを聞くなよ。ここで足を引きずったら、敵にお前を警戒させるって作戦が台無しになる」

「そりゃ、ないぜ。ブラザー。自分だけ大学へ行こうって言うのか?」

「気持ち悪いこと言ってないでに歩け。心配しなくても見る奴が見りゃ、お前の実力は十分に伝わるはずだ」

 レッドスワンにとっては久しぶりの全国大会である。当然ながら鬼武先輩や葉月先輩にとっても初めての大舞台だ。それでも二人にはまったく気負った様子がない。たいぼねとなる三年生の二人が堂々としていることは、チームにとって大きな助けとなるだろう。


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