エピローグ(2)


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『私は生徒の悔しさを、悔しさのまま終わらせたりはしない』

『やり場のない生徒の感情を受け止めるのが教師の仕事だよ』

 打ちひしがれるけいろうさんや僕に、まいばらはそう言った。

 しかし、言葉にするのは容易く、実現は難しい。敗戦という結果は覆らないし、理事会が決めるサッカー部の処遇は、僕らにはどうすることも出来ない。サッカー部の今後については月曜日に伝えられることになり、チームは会場で解散となった。

 このまま本当にレッドスワンは廃部となってしまうのだろうか。むなしさにとらわれそうになる中で、しかし、チームを襲った次の展開は誰もが予想していないものだった。

 新聞記事をきっかけに注目を集めるようになった世怜奈先生は、やがてその存在がSNSで拡散され、ネット上で大きな注目を浴びるようになっている。それに付随する形で僕にまでスポットライトが当たってしまったわけだが、県総体の準決勝にテレビ中継が入った背景には、間違いなく世怜奈先生の存在が筆頭にあった。

 試合後のインタビューにまで中継時間が割かれていたことも、背景事情を踏まえれば当然だろう。だが、問題はその試合後のインタビューで発生する。

 会議室でおこなわれたインタビューは、放送されるや否や動画サイトに投稿され、SNSでURLが拡散されたらしい。世怜奈先生が再び話題になっているという噂は、一瞬で部員の間を回り、僕も夕方のローカルニュースで、くだんのインタビューを目にすることになった。


 インタビュー自体は、ごく普通の体裁でおこなわれていたように思う。

『悔しさの残る敗戦となったと思います。監督の率直な感想を聞かせて頂けるでしょうか』

 マイクを向けられ、世怜奈先生は柔らかな表情のまま小首を傾げた。

『そうですね。確かに悔しい気持ちでいっぱいですけど、私が感じているそれは、あなたが考えている悔しさとは別物だと思います』

『……どういう意味でしょうか?』

『悔しいと言うより、失望したという表現の方が相応しいと思います。もちろん、それは私たちのチームに対してではありません。新潟県のレベルに、ひいては高校サッカーのレベルに対して失望したという意味です』

 インタビュアーの顔には明らかに戸惑いの表情が浮かんでいた。

しやかく落ちという慣用表現がありますが、今日のレッドスワンは飛車角どころか金も銀も欠いた編成でした。三年生も三人しかいません。まさか一・五軍で県の二強と互角の戦いが出来るとは思いませんでした。他チームへのリスペクトと戦力分析は別次元の話ですから、はっきりと言います。所詮、高校サッカーなんてこの程度のレベルだったんだなというのが率直な感想です』

『……それはつまり、自分たちの方が勝利に値したということですか?』

『勝ったのは偕成学園ですし、勝利に値したのも偕成学園です。ただし、私が指揮している限り、もう二度とレッドスワンが負けることはないでしょうね』

 ふわふわとした微笑を浮かべながら、世怜奈先生は淡々と言葉を紡いでいく。

なみ高校とは対戦したことがありませんが、偕成学園との過去の対戦を見る限り高い壁とは思えません。私はこの予選で初めて公式戦を指揮しました。けれど、拍子抜けするくらいに歯ごたえが無くて、失望を感じる機会の方が多かった。もっと強い敵と戦いたいという願いは、県内では果たせないと悟りました。それが今大会の最大の収穫です』

 不遜な言葉に、後ろに控える偕成学園の監督が露骨に不愉快の眼差しを浮かべていた。

『レギュラーが揃えば、選手権予選は間違いなくうちが優勝するでしょう。問題は全国大会ですが、案外そちらのステージも想像よりレベルが低いのかもしれません。高校年代で最高位の戦い、たかまどのみや杯プレミアリーグを、クラブユースがせつけんしている理由も肌で理解出来ました』

 世怜奈先生は振り返り、偕成学園の監督に頭を下げる。

『私たちに現実を教えてくれてありがとうございます。お礼に一つ、お教えしますよ。新潟県の高校サッカーを二強が支配する時代は、今大会で終わりです』

『つまり、これからは三強だと?』

 インタビュアーの最後の質問に対し、世怜奈先生は苦笑する。

『一強です。美波高校も、偕成学園も、私が指揮するチームの敵じゃない。言葉では何とでも言えますから、数ヵ月後に結果で証明して見せます。選手権予選でまた会いましょう』

 大言壮語にも程がある。そう思った。

 飛車角に加えて金銀も欠いている。あれは僕とかえで、さらには負傷離脱した圭士朗さんのことを言いたかったのだろうが、それでも一人、駒が足らない。

 ほかにも意図する人物がいたのだろうか。

 世怜奈先生は性別や美しさを根拠に、今日まで注目を浴びてきた。しかし、こんなインタビューが拡散されれば、嫌でも監督としての手腕やチームに注目が集まることになる。


 翌日、日曜日の練習は、当然ながら予定されていなかった。とは言え、漫然と判決の月曜日を待てるはずもなく、休日だったその日、うちにおりや圭士朗さんたちがやって来た。僕は事実上の一人暮らしなため、誰の目を気にすることもなく集合することが出来る。

 集まった部員たちの話題は、やはり昨日の世怜奈先生のインタビューだった。

 インタビューの動画も、中継画面をキャプチャした画像も、既に大量に出回っているらしく、インターネット上は軽いお祭り騒ぎになっているという。

 このムーブメントには論拠がある。舞原世怜奈への注目は、あのインタビューが出回ったことでその種類が変わったわけだけれど、初めから火種はあったのだ。

 あかばね高校サッカー部は全国大会に九度出場した名門である。栄光は二十年前のものだが、数字は人々に古豪であることを説得力のある形で教える。

 レッドスワンには三十二年にわたって指揮を続けた有名な監督がいた。

あしざわへいぞう』は冬の高校選手権がサッカー界の華だった時代を知る者なら、一度は聞いたことのある名前である。舞原世怜奈はそんな著名な監督の後を直々に引き継いだ人物なのだ。

 近年の散々な成績など世間の目には映らない。あのインタビューでの大言壮語は、サッカーの世界を知らない素人の女が語った妄想ではないのかもしれない。人々がそう考えるには十分過ぎるだけの材料が、赤羽高校サッカー部には揃っていた。

 現在、世間での世怜奈先生に対する視線は二分されているという。

 その容姿に惹かれ、単純に彼女が指揮するレッドスワンを応援するようになった者。高校サッカー界を相手に、大見えを切った彼女の浅薄さを非難する者。反応ははっきりと分かれたが、どちらの立場の人間も思うことは一つであった。早く新潟県の選手権予選が始まれば良い。彼女が指揮するチームが、果たしてどれだけの結果を残せるのか知りたい。

 レッドスワンに注がれる好奇の目は、数日の内に全国区のものへとへんぼうしていた。


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