第二話 勿忘草の炎帝(2)


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 放課後のチーム練習は、毎日二時間以内と定められている。

 大切なのは時間ではなく質と密度である。知性の伴う練習の重要性を、先生は就任当初より何度も説いていたが、未熟な高校生にとっては個人練習も必要不可欠なものだ。

 トレーニング後の自主練習は各自のさいりように任されている。居残り練習をおこなっていたおりけいろうさんと合流し、を加えた四人で、新たなめいだいと向き合うことになった。

 今でこそレッドスワンはちたごうだけれど、二十年前は学校の顔だったチームだ。サッカー部には部室棟の中で最も大きく、設備の整った部屋が与えられている。

「……そんなわけで、彼をサッカー部に勧誘するよう、世怜奈先生に言われたんだ」

 三乃松中学出身、レフティアタッカーの神室かむろてん

 体験入部時のアンケートによれば、彼は春の身体計測で百七十センチ、五十六キロという値を記録していた。この五ヵ月で多少背も伸びているだろうが、ごく平均的な体格の持ち主と言えるだろう。希望するポジションはFWフオワードだ。

「中学の時の対戦を覚えてるよ。三乃松は強豪だしな。三回はやってると思うぜ。最後に戦ったのが二年以上前の話だから、順調に成長してりゃ確かに戦力になるかもな」

「伊織は覚えてるんだ。僕はあんまり印象に残ってないんだよね」

「あいつ、ゆうに対抗心しだったから、ポジションを下げてマンマークについたこともあったと思うぜ。覚えてないのか? あれだけつっかかってくる奴も珍しかったと思うけど」

「プレーまでは記憶に残ってないかな。マンマークはつかない試合の方が珍しかったし……」

「あの頃、お前をライバル視していた奴は多かったしな。まともに相手になっていたのなんてかえでくらいだろ」

 華代のタブレットに目を落としていた圭士朗さんが口を開く。

「それで優雅には何か案があるのか? 本人は入部しないって言い張ってるんだろ?」


 じようけいろうには子どもの頃から片想いをしている少女がいた。そして、一週間前、僕はそのくだんの相手、ふじさきから告白を受けた。

『少しで良いから考えて欲しい』との言葉を受け、現在、告白の返事は保留中である。

 真扶由さんは華代の唯一の友人だ。この件に関して話したことはないが、きっと華代もある程度の事情を知っていることだろう。

 僕たちの間には幾つもの複雑な感情が交差しているものの、この一週間、誰の態度にも変化は生じていない。感情と理性を切り離して付き合える。そういう大人な感覚を抱けているからか。触れたら壊れてしまうほどにきんこうが保たれているせいで、誰もその話題に触れられないだけなのか。僕らは表面上、これまでと変わらない風景の放課後を過ごしていた。

「まったく思いつかないよ。先生は一度、お手本を見せたって言うけど、楓の説得なんて参考にならない。共通項なんてどちらもプライドが高いってことくらいだ」

「話を聞く限り、そいつは精神的にいじけてしまっているんだろ? なぐさめられればプライドが傷つく。突き放されたら突き放されたでいらちが増す。子どものにしか聞こえないな」

 圭士朗さんは六人兄弟姉妹の長男である。

「弟や妹がへそを曲げてしまった時って、圭士朗さんはどうするの?」

「かまってこちらが気分を害するのも馬鹿らしい。普段は放置さ。だが、今回はそういうわけにもいかない。華代、マネージャー目線で何か案はないのか?」

 華代はそっけなく首を横に振る。必要以上に他人への興味を抱かない華代に、機嫌を損ねた生徒の説得を期待するなんて、土台無理な話だろう。

 いきなり話があんしように乗り上げてしまったと思ったのだけれど……。

「俺に一つ、考えがあるぜ」

 伊織がキャプテンらしく自信に満ちた表情を浮かべた。

「世怜奈先生が言っていた通りじゃないか。説得ってのは『納得させることじゃなくて、相手をその気にさせること』だ。優雅に対抗心を見せる奴なんて、大抵、自信家だからな。天馬って奴も自分の実力に絶対の自信を持ってるはずだ。そいつを利用して、その気にさせてしまえば良い」


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