第二話 勿忘草の炎帝(1)-2


「中学時代の屈辱は絶対に忘れない。あの頃は手も足も出なかったけどな。リベンジを果たすために、この高校に進学したんだ。あんたに勝って、ポジションを奪うつもりだった」

「何処かで聞いたような話だね」

 何が面白いのか、楽しそうに世怜奈先生は横からささやいてくる。

「過去の対戦で負けを認めるしかなかったのは、あんただけだ。高槻優雅以上の選手は高校サッカー界にいない。つまり、あんたさえ倒せば俺がナンバーワンってことになる」

「優雅に対抗意識を燃やす人って、こんな子ばかりだね」

「こんな子ばかりって、あとはかえでくらいですよ」

「偕成の同級生にもからまれていたでしょ? おりに聞いたよ」

 楓にしろ、にしろ、どうして僕に絡んでくる奴らは、こうも視野が狭い人間ばかりなんだろう。チーム競技に個人間の優劣を求めて、どうしようというのだろうか。

「すぐに勝てると思うほど、うぬれるつもりはない。だが、あんたが引退する前に、必ず超えるつもりだった。だから推薦の話を全部蹴って、ここに進学したんだ。それなのに、いざ入学してみれば、二ヵ月もしない内に廃部って話だ。ふざけやがって。それならそうと最初から言えよ。廃部になるって知ってたら、初めからこんな学校に進学なんかしなかったんだ」

「それなりに整合性はあるね。でも、今の話って本当に真実のすべてなのかな?」

「……何が言いたい?」

「君が入部しなかった理由は、本当にそれですべてなのかなって思っただけだよ」

「何で俺が噓をつかなきゃならないんだ」

「さあ。ただ、君はプライドが高そうだから、私の推理はあながち外れていない気がするな」

 挑発にも聞こえる指摘を受け、彼の顔により一層の憎しみが浮かぶ。

「まあ、良いや。君が入部しなかった理由なんて、掘り返しても意味のない事実だ。大切なのは今とこれからだもの。君、本当はサッカー部に入りたいんでしょ? だから私たちに憤っている。だったら四の五の言わずにおいでよ。皆、歓迎してくれると思うよ。ね、優雅」

「反対する理由はないでしょうね」

 あっけらかんとした世怜奈先生の勧誘を受け、天馬は両目を細める。

「……廃部になるって話はどうなったんだよ」

しつこうゆう期間ってところかな。条件が変わったの。高校選手権に出場出来なければ、今度こそ廃部になるわ。予選で負けたらデッドエンド。優勝すれば絶命の運命を覆せるってことね」

「優勝って……。なみ高校も倒せってことかよ。無理に決まってるじゃないか。そんな条件を突きつけられて、よく本気で練習する気になるな。頭おかしいんじゃないのか?」

 世怜奈先生の顔にあわれみにも似た色が浮かぶ。

「君、まだ十五歳でしょ? それ、言ってて恥ずかしくならないの?」

「どういう意味だよ」

「独りよがりに限界を決めて、そいつの手前で縮こまって、小さくまとまったって良いことないよ。君はうちのチームの大半の選手より身体能力に恵まれている。でも、メンタルはそうでもないみたいだね。戦う前から諦めるなんて、負け犬根性が染みついている証拠だ」

 彼を挑発するために言っているわけではないだろう。世怜奈先生は本気で優勝出来ると考えている。彼女に感化され、今は全部員が同じ気持ちでいる。少なくとも途中で負けても良いなんて考えて練習している生徒は一人もいない。

「口先だけの虚勢を張っている方が、よっぽど格好悪いだろ」

「サッカーは格好つけるためにやるものじゃないよ。優雅に勝てるつもりでいた頃の君は、何処に行ってしまったの? 自分の足で動き出さなきゃ何も始まらない。こっちへおいでよ。いらっているだけの毎日より、ずっと楽しいと思うな」

 先生は腐ってしまった彼に、もう一度立ち上がるよう手を差し伸べていた。しかし……。

「やるわけないだろ。廃部が決まってるのに練習するなんて時間の無駄だ」

 そんなに簡単に気持ちをひるがえせるなら、ここまで攻撃的な態度は初めから示さない。

「あんたたちが大馬鹿者だってことは理解出来た。せいぜい無駄な努力を積み重ねるが良いさ。俺はそれを見て笑わせてもらうだけだ」

 そう吐き捨てて、彼はそのまま振り返ることなく校舎の方へと消えて行ってしまった。


「男の子って素直じゃないよね。まだ思春期なのかな」

 天馬の姿が消えた後で、世怜奈先生はそんな風に呟いた。

「優雅は気付いていた? あの子、前から時々、練習をのぞきに来ていたんだよ」

「そうなんですか?」

「目立たないように遠くからね。意識していなければ気付けなかったかもだけど、私、天馬のことは四月から目をつけていたからさ」

 グラウンドに向かって歩きながら、世怜奈先生は説明を続ける。

「インターハイ予選で偕成に負けた後に私が受けたインタビューって見た?」

「はい。ニュースで見ました」

「あの時、『レッドスワンはしやかくどころか金も銀も欠いた編成』だって言ったんだけど、あれって優雅と楓、負傷退場したけいろうさんにプラスして、天馬のことを念頭に入れてたの。あの子は絶対にサッカー部に戻って来る。妙な確信があったんだよね。でもさ、部活動なんて他人に強制されてやるものじゃないでしょ。本人にその気があるなら気長に待とうと思って、触らずにいた案件だったってわけ」

 世怜奈先生は大きく伸びをした後で僕の肩をたたいた。

「意地を張っていた時間が長いせいで、引っ込みがつかなくなってるんだろうね。私、選手権予選に向けて、優雅に頼みたいことが二つあったの。その一つ目が彼を勧誘することだったんだ。天馬はきっと、チームに必要なピースになる。だから、この案件を優雅に任せたい」

「頼みたいことが二つあるっていうのは……」

「もう一つは、この件が片付いてから話すよ。ものには順序がある。まずは彼を入部させて」

「……僕にそんなこと出来るでしょうか。正直、自信はないです」

「今の優雅に必要なのは、挑戦する経験を積むことじゃないかな。私は前に一度、へそを曲げた楓を説得して見せたじゃない。皆に相談しながらで良いから、今度は優雅がそのアイデアを私に見せる番だよ」


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