第二話 勿忘草の炎帝

第二話 勿忘草の炎帝(1)-1


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 冬の高校選手権は、高校サッカー界における最高峰の戦いである。

 地上波で放送される本大会は、インターハイとは比べものにならない注目度を誇り、地方予選でさえ大きなスポットライトが当たる。

 新潟県予選の開幕は八月末だ。僕らは過去の成績を考慮され、三回戦から登場するが、既に二回戦までが消化され、八十三の出場校は三十二校にまでしぼられていた。

 新潟県ではベスト32に勝ち残ったチームの紹介用VTRが作られ、動画配信とテレビ放送がおこなわれる。準々決勝以降はリアルタイム速報とハイライト動画の配信もあるらしい。

 数ヵ月前、インターハイ予選で敗北した際、インタビューでまいばらが発したコメントが要因となり、レッドスワンはネット上で炎上状態とも言える注目を浴びることになった。全国規模で集まることになった好奇の視線は、大会を勝ち残れば、さらに加速していくだろう。

 選手権予選で敗北した瞬間に、レッドスワンは廃部となることが決まっている。置かれた状況は全部員が理解しているし、浸透する覚悟も十分なものである。とはいえ、三回戦が開催されるのは十月の後半であり、まだ二ヵ月ほどのゆうがあった。


 九月三日、木曜日。

 練習後のミーティングを終え、部室から世怜奈先生と共に出る。

 グラウンドでは何人かが個人練習を続けていたが、三馬鹿トリオやづき先輩の姿は既にない。練習嫌いな彼らは今日も速攻で帰ったのだろう。

 居残り練習をおこなうメンバーの顔触れは、毎日似たようなものである。そして、いつだって先頭に立ってトレーニングしているのが、受験生のもりこし先輩だった。彼の努力が成果と等号で結びつかないことに歯がゆさを感じているのは、きっと僕だけじゃない。

 グラウンドへと続く通路を歩き始めたところで、こちらを見据える男子生徒と目があった。ポケットに手を突っ込み、その少年は僕と先生ににらむような眼差しを向けている。

 見覚えのある顔だった。確か彼は……。

 本年度、一年生は三人しか入部しなかったけれど、新学期が始まった当初は、十人を超える生徒が体験入部に訪れている。彼はその中でひときわさいを放っていた生徒だ。中学時代に対戦した記憶もある。当時は『ばんだいしんどう』だったか、そんなニュアンスのニックネームをつけられていた。

 四月に集まった一年生は、インターハイ予選で決勝に残らなければ廃部になるという、サッカー部に課せられた条件を知り、ほとんどが入部をとどまっている。彼もその一人だった。


 睨むような眼差しを向けてくる少年に気付いているのか、いないのか。

 世怜奈先生は気にもめずに彼の横を通り過ぎていく。その後に続くと、

「ちょっと待てよ」

 癖のないブラウンの髪の下、切れ長の瞳で、彼は僕らを見据えていた。

「インハイ予選の結果を見た。約束と違うじゃないか。どうして廃部になってないんだ?」

 世怜奈先生はいつもの緊張感のない顔で小首を傾げる。

「何だか今更な話だね。そんなことを聞いてどうするの? 部外者には関係のない話だよね」

「関係ない? ふざけるな。サッカー部が廃部になるって聞いたから、俺たちは入部しなかったんだ。これじゃ、話が違うじゃないか。あんたたちは準決勝でかいせいに負けたのに!」

「私たちは自分たちの力でじんな決定をくつがえした。それだけのことだよ。戦わなかった君に、戦った私たちが非難されるいわれはないんじゃないかな」

 今にも殴りかからんばかりの眼差しを見せる彼と先生の間に、身体からだを挟む。

「先に聞いても良いかな。君、名前は何だったっけ?」

「……俺のことを覚えてないのか?」

「中学の時に一度、対戦した記憶はあるんだけど……」

「一度じゃねえよ。公式戦だけで三回戦ってる」

ゆうってさ、時々、ナチュラルに相手を挑発するよね。それ、眼中に入ってなかったって言ってるのと同じだよ」

 わざわざくだいて説明することで、挑発しているのは先生の方だと思うのだが……。

「彼は神室かむろてんさんまつ中学のエースだよ」

「それなら確かに何度か対戦してますね。強豪だ」

「優雅と同じレフティで、確かあだ名もあったよね。『万代の河童かつぱ』だったっけ?」

「誰が河童だ。馬鹿にしてんのか」

 地味に『神童』と『河童』は一文字違いである。やはり、わざと火に油を注いでいるのだ。

「君の実力があれば推薦の話だってあったんじゃない? 受験前の入学説明会で、うちがもうサッカー部には力を入れない方針だって聞いたはずだよね。結局、入部も躊躇ためらったわけだし、君は最初から高校ではサッカーを続けるつもりがなかったんじゃないの?」

 本心をかれたのか、天馬は一瞬、戸惑いの眼差しを見せた。

「……サッカーをやめるつもりなんてなかったさ。俺がこの高校に進学したのは、たかつきゆうを倒すためだったんだからな」

 憎々しげな眼差しが僕に突き刺さる。


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