最終話 情熱の赤翼(2)
2
戦いの前に、倒すべき敵の正体を知るべきだろう。
僕らは改めて
県で無類の強さを誇る偕成学園は、そもそもは通信制の私立高校であり、選手は普段、別の学校に通っているという。彼らが所属するのは正確に言えばサッカーの専門学校らしく、提携している通信制高校を介して、高校生としての単位を修得しているのだ。
偕成学園からはプロクラブに入団する選手が、過去に何人も誕生している。しかし、そういった選手が高校サッカーで活躍したという話は聞いたことがない。偕成学園にはクラブユースの選手と、それ以外の子どもたちが、同時に存在しているのだが、ユースの選手はクラブに所属しているため、高校体育連盟が主催する大会には出場出来ないからだった。
高校のサッカー部とクラブユースが共に参戦する大会の記録を見た時、安定した強さを持つのは間違いなくユースチームだ。つまり、偕成学園として試合に出場する選手というのは、言い方は悪いが、現時点では学校の中で二軍ということになるのだろう。
ユースの選手とそれ以外の生徒では、食事のメニューも異なっているらしい。
『加賀屋晃、負け犬と言うなら君だってそうだ。トップクラブが存在する街では、才能がある人間は高校サッカーなんてやらない。俺たちを見下したいなら、せめてクラブユースに所属してくれ。同じ舞台に立っている間は、君のレベルも俺たちと大差がない』
いつか
高校進学時に一度は
偕成学園はただの強豪校ではない。
これまでの敵とはまったく性質の異なる相手と考えて間違いなかった。
世怜奈先生は偕成学園との試合に先立って、相手の主力を徹底的に分析している。
最も警戒しなければならないのは、二人のエースFWだろう。
一人目は二年生の9番、加賀屋晃。上背はないが、抜群のテクニックを誇るアタッカーだ。
もう一人は三年生で10番を背負う
超攻撃的なチームと評される現王者、
相手が格上である以上、スコアレスドローに持ち込んで、PK戦に賭けるのも一つの現実的な戦い方だが、こちらは正GKを欠いている上に、偕成学園は過去三年間、PK戦で負けたことがないという嫌なデータを持っている。守ろうと思って守り切れる相手でもない。勝利のためには得点を取ることが絶対に必要だった。
六月六日、土曜日。
偕成学園との試合は準決勝の二試合目、午後十二時五十分のキックオフとなっていた。
会場は結び葉になった
一試合目に登場した王者は六対一というスコアで圧勝し、後半開始と共に主力をベンチに下げる余裕を見せていた。偕成を倒せば、明日には彼らとの決勝戦である。主催者の常識を疑いたくなる過密日程だが、美波高校のことを考える余裕はまだない。
正午を過ぎた頃より、スタンドの観客数はどんどん増えていった。
美波高校を見に来た観客も帰途につかずに、二試合目のキックオフを待っている。
望遠レンズのついたカメラを片手に陣取っている者も多い。彼らの目的が世怜奈先生や、数日前から注目を浴びるようになった僕にあることは明白だった。アップをしている時も、身体を動かしている選手ではなく、サポート役の僕に対して黄色い声援が飛んでくる。
「よお、ガラスのファンタジスタ。相変わらず実力はねえのに、人気だけはあるみたいだな」
僕の傍にいることで、自分も目立ちたいのだろう。直々に指名を受けて
「早くあのアホ面どもに訂正してこいよ。本当は砕けたガラスのファンタジスタだってな」
「わざわざ、そんなことを言いに来たのか?
「良いから、ちょっと来い」
無理やりスタンドの方角に身体を引っ張られる。
「妹がお前を連れて来いってうるせえんだ。もう二十通目だぞ」
楓はチームジャージのポケットから携帯電話を取り出す。画面には二十一通目のメッセージが届いたことを告げる表示が
「妹って
「おい、砕けたガラス。お前に妹の名前を呼ぶことを許可した覚えはねえ」
楓の妹、榊原梓は中学時代に兄の試合を見に来た際、僕に一目惚れしたらしい。これまでに何度か試合会場でファンレターをもらったことがある。特に返事を返したこともないのだけれど、今でも僕に夢中なのだろうか。
スタンド前に着くと、梓ちゃんは顔を真っ赤にして両手で口元を覆った。ロココスタイルの特徴的な洋服を纏った彼女が立ち上がる。
「優雅様。御無沙汰しております」
梓ちゃんが座す席の後方、通路の辺りに女性たちが集まり始めていた。明らかに何台かの一眼レフカメラが、望遠レンズを僕に向けていた。
「応援に来てくれたんだね。お兄ちゃんは多分、試合に出られないと思うけど」
「良いのです。私は優雅様に会いに来ただけですから」
「ありがと。まあ、僕も試合には出ないけどね」
梓ちゃんの後ろから、シャッター音が聞こえてくる。またネット上にアップされてしまうのかと思うと憂鬱だったが、気にしても仕方がないので考えないことにした。
「優雅様に伝えたいことがあったんです。それでお兄ちゃんに頼んで」
「三十秒で終わらせろよ。こんな奴と喋っていたら耳と口が腐るからな」
兄を睨みつけてから、梓ちゃんは口を開く。
「私、今年、受験生なんです。
「へー。兄貴は学力が壊滅的なのにね」
「うるせえよ。ほっとけ。梓は頭が良いんだよ」
「来年、サッカー部のマネージャーになって優雅様にお仕えしたいのです」
「まあ、俺が全力で阻止するけどな。こんなカスにサポートは必要ねえよ」
「お兄ちゃん、それ以上、優雅様に嫌味を言ったら、もう口をきかないから」
妹の冷徹な眼差しを受け、楓は面白くなさそうにそっぽを向いて
「優雅君」
横手から声をかけられ、目をやると友達と並んでクラスメイトの
「サッカー部、何だか凄いことになってるね。ネットで話題になっているのも見たよ」
列をなしてこちらを注目している女性たちを見つめながら、真扶由さんが呟く。
「おもちゃにされているみたいで変な気分だよ」
「人気者はつらいね」
いつもの屈託ない笑みを、真扶由さんは浮かべる。
「今日勝ったら、次はいよいよ決勝戦か。サッカー部がインターハイに行けたら良いなぁ」
「うん。期待に応えられるよう頑張るよ」
こんなに沢山の人たちが集まってくれたのだ。無様な戦いは見せられない。
スタンドには僕らをサポートしてくれた
吐季さんが太陽の出ている時間に外出するのは珍しいらしい。これまでチームに協力してくれた彼らのためにも、勝利を手にしたかった。
スタジアムを見回すと、テレビ局の機材が幾つか設置されているのが分かった。ローカル局での中継放送とはいえ、これだけ世間で注目される試合となったのだ。ここで結果を出せば、理事会の気持ちを変えられるかもしれない。
積み重ねられたレッドスワンの誇りを、僕らは未来に繫げるだろうか。
今、運命の一戦の火蓋が切られようとしていた。
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